今まで数え切れないくらい戦場に立ち、何度か魔物を見たこともあった。
しかし、所詮は雇われの一兵士である青年が前線に招集されることはなく、戦場の遥か後方や地方の小競り合いで人間相手に剣を振るうことくらいしかなかった。
そんな戦場で見かけるのは空を悠々と飛ぶ巨大な影や水の中で蠢く巨体、砂漠の砂の中を移動しているであろう震動など、正確には「存在を視認した、感じた」といった方が適していた。
こんなに近くではっきりと身体の造詣や、ましてや顔を見たのは初めての事だった。
『そ、んな・・・これ、人間じゃないのかよ・・・』
月明かりに照らされて横たわるワイバーンは確かに人とは違う手足や太い尾を持ってはいるが、地上から見上げていた時の竜の姿ではなかった。
手足に鎧の様にも見える鱗が並び、魔物というよりはちょっと癖のある鎧を纏った人間にも見えた。
さらに、その顔は想像していた醜く嫌悪と畏怖を与えるであろうモノとは天と地以上に差があって、青年よりも幼く、もしかすると十代やそこらの少女のようだった。
その無垢な顔が痛みか苦しみかを感じているのか、微かに眉間に皺を寄せているように見えた青年は振り上げた剣を下ろすこともできずにいた。
『・・・ぅ・・』
カカシの様に突っ立ったままの青年の目の前で、ワイバーンが小さなうめき声を上げた。
どうやらと言うか予想の範囲内と言うべきか、人よりも遥かに強靭な身体を持つ魔物は空から落ちて小屋を一つ潰したくらいで息途絶えるほど脆くないらしい。
青年は剣を右手で構えたまま、左手でワイバーンの身体にそっと触れる。
初めて触った魔物の身体は人の様に柔らかく、硬く見えた鱗も丹念に丹念に磨き上げられた鋼よりももっとすべやかだった。
不覚にもその手触りに心配していた気持ちとは別に、撫でるように身体を触っていた。
人よりも体温が高いように感じるのは火を吐くワイバーンだからこそなのか、それとも魔物全てがそうなのか。
どちらにせよあまりの触り心地の良さと体温の温かさに、戦闘中だということも忘れてしまうほど意識を向けてしまっていた。
しかし、青年の遥か後方で沸き起こった歓声で「はっ」と我に帰ると自分が今、何をしていたのかを理解する。
いくら顔が幼い少女だったとしても、人類の敵と言われている魔物の身体を撫で、あまつさえそれに夢中になってしまった。
『俺は、一体何やってんだ・・・』
剣の柄を握る右拳の甲で額を打ち、頭を切り替えようと目を瞑って大きく息を吐いた。
そして、そのまま「よし」と気合を入れると目を開けて顔を上げ、目の前のワイバーンに改めて相対する。
『!!!!!!!!!』
しかし、青年の目の前には先ほどと同じ体勢のまま横たわり、金貨よりも輝く金色の瞳を向けている一匹のワイバーンが居た。
青年が驚きに声を上げるよりも先にワイバーンの頬と胸が大きく膨らむ。
それはまるで人が大きく息を吸って身体を仰け反らせた様な姿勢に見えた。
そう、まるで肺いっぱいに吸った空気を一気に吐き出そうとしているような。
先ほどまでその光景を地上から見ていたからこそ、青年の身体は全身から汗を噴き出し、頭から身体の隅々まで高速で命令が伝達される。
「両手で防御しろ!」
冷静に考えれば人間の手で防ぎきれるようなレベルの火炎でないことは容易に理解できるが、いざその瞬間になると本能として生きるために重要な頭や胴体を守るべく両手が動く。
次の瞬間には鉄や岩をも溶かす業火が青年を包み込み、断末魔を上げる間もなく燃やし尽くしてしまうことだろう。
『げほっ!!えほっ!!・・・がはっ!!!』
しかし、実際にワイバーンの口から飛び出したのは業火でも火球でも、ましてや火の粉でもなく苦しげな咳だった。
両手を構えたままの青年を前にしてワイバーンは苦しそうな息を漏らし、喉を押さえ咳をする。
その様子を両手の隙間から覗き見ていた青年は、それが決して演技などではなく本当に苦しんでいるのだと理解した。
『お、おい・・だ、大丈夫・・か?』
両手のガードを少し下げ、目の前のワイバーンに声を掛ける。
声を掛けられた当のワイバーンはキッとしたキツイ目つきで青年を睨み付けると、まるで威嚇するように両方の翼を広げてまたも大きく息を吸い込む。
さすがに今度は身体がすばやく反応した青年は後ろへ飛び退き、ワイバーンと距離を取る。
『・・ごほっ!!!うぅ、・・・げほっ!』
しかし、やはり目の前のワイバーンの口から出るのは炎ではなく苦しげな咳だった。
涙目になって蹲り、痛む喉を押さえて咳を繰り返すその姿を見ていると、なぜか攻撃するべき対象として認識することができなくなり、ついに剣を鞘に収めてしまう。
『大丈夫か、無理すんな』
そう言ってワイバーンの背を手
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