温かさと柔らかさと匂いとが私を眠りに誘い、このままずっとずっとこうしていたいと身体をぎゅっと縮こませる。
生まれて初めて味わう安らぎに心も身体も油断しきって、もし今、外敵に襲われたら逃げることもできず食べられてしまうだろう。
前はそれなりに強く獰猛だった私から“牙”を抜き去ってしまったのは、優しくて恥ずかしがり屋で世話焼きな人。
ずっとこうしていたいと思う私の頭を撫で、私の顔を見ながら自分は眠気と戦っていることだろう。
一緒に寝たいと思う私。
このまま膝を借りて、頭を撫でていてほしいと思う私。
きっとそんなことを言えば「甘えるな」と言いながら、取り合えず後者の幸せを続けてくれるだろう。
『ん〜、ごしゅじーん・・・』
そんな葛藤に頭を悩ませていると、ついつい声に出してその人を呼んでしまった。
その人は眠い目を擦りながら何事かと尋ねてくるが、明確な答えを出すことのできない私は、「んー」と唸りながらご主人の膝に顔をより深く埋める。
こうすると温かさも柔らかさも匂いもより強く近く感じることができて、さっきまでの二者択一が一気に後者に傾き始める。
『ごしゅじーん、いつまでこうしててくれますか?』
顔は埋めたまま、その人の耳にだけ聞こえる大きさの声でお伺いを立てる。
顔を上げないのはその人の顔を見ないため。
恥ずかしがり屋なその人と顔を合わせると、きっと素直になってくれないから敢えてこうしている。
『・・・あと、10分。膝、痺れるから』
きっと今、すごく恥ずかしそうな顔をしているに違いない。
見たい、すごーく見たい!
でも、見たらきっと照れて怒って膝枕を取り上げられてしまう。
『うぇ〜、10分なんて短いですよぉ。今日はお勤めないんでしょ?だったら、30分くらい・・・』
やさしいその人はこうやって我儘な態度で甘えても、最初は嫌がる素振りを見せつつ、最終的には許してくれる。
『・・・じゃ、きっかり30分だからな』
ほら、やっぱり。
そう言いつつ、30分過ぎても続けてくれるくせに。
すっかり怠け者になってしまった私を、その人は今までと変わらず世話してくれる。
住む場所も食事も身体を清めるところも。
「俺はお前の飼い主だからな」
恥ずかしそうにそう言った横顔にちゅうしてやりたかったのに、右手で頭を押さえられてできなかった。
だから、夜一緒に寝ている時にいっぱいちゅうしてやった。
むず痒そうな顔で反応を見せるけれど、覆いかぶさるように上になっている私はその人の顔が右を向けば左の頬に、左を向けば右の頬に触れる。
普段から朝早くに家を出て夜遅くまでお勤めをしているご主人は、こんなことをされても起きる素振りを見せない。
口付ける位置をだんだんと下に移していく。
頬から顎、顎から首筋、首筋から鎖骨。
触れるだけだった行為も少しずつ変化して、舌先でちろちろと舐めて味と感触を楽しみ、鎖骨の位置に来る頃にはしゃぶり付くように夢中になっていた。
息も乱れ、身体の昂ぶりに一旦口を離すと、そこは私の唾液に濡れててらてらとしていた。
ふと、横を見ると開いたカーテンの隙間から大きなまん丸お月様が私たちを見下ろしていた。
『あの夜と同じ・・・』
その夜も夜行性であるムカデは与えられた食事を貪り尽くし、取り敢えずの満腹感に浸っていた。
しかし、次の瞬間に感じた何かの気配に反応すると隠れ家としている穴の中に頭から突っ込み、途中でUターンして今度は頭だけを覗かせる。
欠けてしまった触角で気配の先を探ると、女が月の光に照らされてこちらを見ていた。
正確にはムカデには目も向けず、その目の前で寝ているこの部屋の主の事を見つめていた。
女は空に浮かぶ月と同じ色の髪を靡かせながら宙を進み、音もなく同じ空間に侵入してくる。
『女の匂いもしないし、ちょっとだけ補給させてもらおうかしら・・・』
銀髪の女はそう言うと、部屋の主である男の首元に手を添えると目を閉じて顔を近づける。
しかし、すぐに動きを止めると目を開け、無言のまま後ろを振り返る。
その目線の先には長方形の透明な箱。
女が気にしたのはこの箱自体ではなく、その箱の中からがさごそと音を立てる存在であった。
足先は宙に浮いたまま、音も立てずにスーっと移動する女は箱の前まで来ると蓋であるものをゆっくりと外す。
箱の中には一匹の虫がいた。
女は躊躇なく手を伸ばすとその虫を手で掴み、目線の位置まで持ってくるとじっくりと観察する。
当のムカデは自身を掴む手に顎肢を突き立て、毒を流し込もうとする。
しかし、見えない膜のようなものに阻まれて何度やっても顎肢は刺さらず、女も全く気に留めている様子はなかった。
『ふ〜ん・・・そうなんだ』
しばらくムカデを観察してい
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