俺が拾ったのはちょっと変な百足でした

その日もいつもと同じように定時から2時間くらい残業して、会社を出たのが1時間前。
今ではすっかり慣れた満員電車で自宅の最寄り駅まで帰り、駅前の弁当屋で夕飯を買う。

夜空を見上げると田舎とは違い、ほとんど星の光を見ることはできない。
初めて見た時はあまりにも黒々しい空に言葉を失ったのを今でも覚えている。

マンションに着くと、ロビーのオートロックを解除してエレベーターに乗り込み、4階と記された丸いボタンを押す。
上の階に向かう独特の浮遊感を感じるが、あっという間に目的の階に到着し自動ドアが開いた。
さっさとエレベーターから降り、自宅である一室に向かおうとした瞬間、何やら見慣れぬものが視界に入りその足が止まった。

『・・・ん?何だ、あれ?』

目を凝らしてみると、各部屋の玄関が並ぶ通路に何やら黒いモノが見える。

『あそこ・・・うちの玄関前だよな。朝、出た時は何も落ちてなかったし、風でゴミでも飛んできたのか?』

「う〜ん」とうなりながら十数時間前の記憶を遡って思い出すが、やはりそれらしいものは見かけなかったと思う。
それに、季節はそろそろ冬に移ろうとしているのか、最近は朝晩もすっかり冷えるようになった。
そんな寒空の下、いつまでも突っ立っているわけにもいかず「ま、いいか」と気にせず歩み始める。

そして、玄関前まで来てようやくそれが何なのか俺は理解した。


『これ、ムカデ・・・か』


それは、大きさにして10cm以上はありそうな「ムカデ」だった。
女や子どもなら「わーきゃー」言って騒ぐのだろうが、田舎出身の俺はムカデくらいで驚くことはなく、むしろその姿に懐かしさを感じていた。
『田舎に居たころはたまに見かけたけど、東京にもいるんだな』
そんなことを呟きながらもっと近くで見てみようとしゃがんで覗き込んだところで、俺は「あ・・・」と小さな声を上げた。


『こいつ、傷だらけじゃんか』

考えれば分かることだった。
普通であれば人間が近づいたら逃げるのが当たり前なのに、こいつは逃げるどころか微動だにしなかった。
こいつからしたら、動こうにも動けないのだろう。

本来なら一対2本あるはずの触覚は片方しかなく、嫌悪の対象になるはずの多数の脚もいくつか欠けていた。
ほかの動物にやられたのかどうかは分からないが、そうやって見ていても動く気配はなかった。
死んでいるのかと思い、部屋の鍵で突いてみるとかなり鈍くではあるが動いた。

『お、生きてる』
俺はそれだけ確認するとすっと立ち上がり、今しがたムカデを突いた鍵で玄関の鍵を開ける。


弱肉強食は自然界の法則。


こうやってムカデが死に掛けているのも、ただ単にもっと強い生き物がいたからなだけだ。
このままここで死んでも、いずれ蟻の餌になるだろう。
犬猫じゃあるまいし、ダンボールに詰め込まれて人間の身勝手で捨てられたわけじゃないのならと思い、無視して部屋に入る。



しかし、数分後には閉じたはずの玄関を開け、俺はインスタントラーメンの空容器を手に持ちつつムカデに話しかけた。

『どうせ死ぬなら、最期は温かい部屋の中がいいよな』

弱っているとは言え、さすがに素手で掴む気にはなれず、割り箸で挟んで容器に入れる。
容器の深さ的にムカデが這い出すこともできそうだったのでラップを貼り付けてフタをし、爪楊枝で小さな穴を無数に開けて空気の通り道を作った。
それをリビングのテーブルに置くとさっさと夕飯を済ませてシャワーを浴びる。

シャワーで汗を流しながら、一人暮らしでよかったなと実感する。
普通の人間ならムカデなんて生き物を拾って保護しようなんて考えないだろうし、そもそも家の中に入れるなんて以ての外だろう。

風呂から上がり、寝巻きにしているスウェットに着替えながら容器を覗くと、その中でムカデは丸まってじっとしていた。
「朝には死んでるだろうし、穴掘って埋めなきゃな」と、そんなことを考えながら明日は仕事も休みだというのに暗い気持ちのままベッドに横になった。


しかし、そんな俺の予想に反して次の日もムカデは生きていた。
容器を軽く突くと、その振動を感じたムカデは1本だけになった触覚を動かし周囲の様子を探っているようだった。

『さすがにこのままってわけにもいかないか・・・』

死ぬまでラーメンの空容器に入れっぱなしなのも後ろめたく感じ、多少はこいつの環境を整えてやろうと思った。
かといって、今までムカデを飼ったこともムカデを飼った経験のある人間に出会ったこともない。
つまり何が言いたいかというと、ムカデにとって何が良くて駄目なのか検討もつかないということだ。

しかし、世の中には今まで出会ったこともない変な人間で溢れている。
ムカデをペットとして飼育している輩もいるはずなのだ。
なら話は早い、ネッ
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