よっぽどの馬鹿と変な人

『・・・ただいま』

帰りに本屋に寄っていたせいですっかり暗くなってしまった、そして誰も居ない空間に声を掛ける。
もちろん明るい時間帯であっても、俺以外に誰もいないことには変わりないが・・・
「いってきます」は言わないくせに、何故か「ただいま」だけは口にしてしまう。
着ていたコートを脱いでハンガーに掛け、ついでマフラーを取ろうと首元に手をやり、「ああ、そう言えば・・・」とその手を下げる。


暇つぶしのために、特に目的もないまま近所を歩いていた俺が辿り着いた小さな公園。
ベンチに腰掛け、ぼーとしていた俺の耳に届いた季節的にも場所的にも、そして時節的にもしっくりこないメロディー。
今から数時間前に起きた邂逅。
そんなことを思い出しながら手を洗っていると、ズボンのポケットに突っ込んでいた携帯が振動する。
メール受信の鳴動時間は一秒に設定しているため、未だに振動を続けていることからもそれが電話の着信であることが分かった。
年末の、しかも今年最後の夜に電話を掛けてくる相手に心当たりがなく、一体誰だろうと携帯のディスプレイを確認した俺の動きは止まる。


「涼川 翠」


そこに表示されていたのは、たった今、頭の中に思い出していた相手の名前だった。
自分の性格が原因で、初対面でありながら泣かせてしまった相手。
自分の経験が要因で、初対面でありながら懐かれてしまった相手。
自分の趣味が主因で、初対面でありながら抱きしめてしまった相手。


『で、出たくねー・・・』
別れ際に「折角だから連絡先を教えてください」と言われ、携帯の番号とメールアドレスを教えたのだが、まさかその日の内に電話がくるとは思っていなかった。
「冷静に考えたら会ったばかりの人と連絡先交換するのは怖いので、私の連絡先を削除してください」とか言われたらどうしよう・・・
そうやって携帯片手に唸りながら考えてはみたが、もしそうだとしても違うとしても無視するわけにはいかず、勇気を出して通話ボタンを押す。


『・・・も、もしもし?』

『ひっく、ひっ、いっ...なっ、なんでぇっ、出てくれないんですかっ?』


電話先の相手は、泣いていた。


『お、おい!何で泣いてんだよ!?』
と、聞いてはみたものの「何で」なんて理由は最初の一言で分かっているわけで。
『だっ、だって、..ひっ、全然っ、出てくれないから、ひぐっ..』

『わ、悪い。出ようか出まいか迷ってた・・・』
公園で別れた時は仲良くなれたと思っていたのに、またしても泣かせてしまった。
掛かってきた電話を出るのにあれだけ勇気が必要だったのだから、掛けた方はもっと勇気を出したのだろう。
公園でのやり取りを思い出す限り、彼女が人見知りなのは分かりきっているし・・・

『いっ、ひっく、..やっぱり、迷惑でしたか?』
しかも、電話に出るのが遅れた理由も不安を煽ってしまったらしく、電話の向こうで俯いている姿が容易に想像出来てしまうほど声が小さくなっていた。
別の言い方をした方が良かったと気付いた時には、口から言葉が出てしまった後で、またしても自分の気の回らなさに辟易する。
『いや、そうじゃない!交換した連絡先消してくれって言われるんじゃないかなーって・・・』
何とか誤解を解こうと、出るのが遅れた理由を正確に伝える。


『そんなこと言いませんっ!!!』


そんな俺の言葉に返ってきたのは、咄嗟に耳から携帯を話してしまうほど大きな声だった。
こんな大きな声出るのかよと驚くのと同時に、心配していた事態にならないことが分かり、胸を撫で下ろす。
『ご、ごめん・・・それで、何か用か?』
大声を出したからなのか、俺が電話に出なかった正しい理由が分かったからなのか、彼女の嗚咽は収まっていた。
その様子が分かった俺は、なけなしの勇気を振り絞って相手の真意を探ろうと話を切り出す。



『じ、実は・・・』








『ふ〜ん♪ふふ〜ん♪』

昼過ぎに家を出た時は冬の寒さが体に染み込んできたけれど、それから時間が経ち陽が落ちたにも関わらず、今の方が温かいことに自然と鼻歌が漏れてしまう。
『・・・えへへ』
その「防寒具」に顔を埋めると、今も変わらずとてもいい匂い・・・
う〜ん、安心する匂い?が感じられて、ちょっとだけ顔がニヤけてしまう。
『ちょっと意地悪な人だったけど、でも私のこと怖くないって言ってくれたなー・・・』

公園で出会ったあの人とは、三十分ほど前に出会った公園でお別れをして帰路についた。
進学するために田舎から都会に一人で上京した私と、初めてまともに会話をしてくれた初めての人。
ちょっと空気読めないというか、デリカシーが足りないと言うか、女心が分かってないと言うか・・・
『うー・・・』

その人の事を思い出すと、嬉しいような恥ずかしいような。
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