君のとなり

「.........♪......♪.......」



風に乗ってどこからか音が聞こえてくる。
俺には音楽に対する経験も知識もないが、聞こえてくるこの音が心地良いという事だけは分かった。

ここは住宅街から少し離れた場所にある小さな公園。
置いてある遊具も小さな滑り台に二つのブランコ、それとこれまた小さな砂場だけ。
俺は二人掛けベンチに腰を下ろし、目を瞑っていた。

そうしている事に特に理由はない。
世間は大晦日の喧騒に包まれ、仕事も年末年始の休みに入った。
実家に帰省する予定もなく、一人で住んでいるアパートで寝ているのも飽きたので何となく散歩をしていたのだ。

『にしても、年の瀬には合わない感じの曲だな・・・』
先ほどから耳に入ってくる音楽はしっとりとした曲調だった。
恐らく弦楽器であろう事は辛うじて判断できたが、その種類まではさっぱり分からない。
「俺には関係ないか」と零し、コートのポケットに入れたホッカイロを握りこむ。
厚手のコートにマフラー、ポケットにはホッカイロの重装備ではあったが、やはり外は寒い。


『・・・・・ん?音が大きくなったか?』
そんな気がした。
少しだけ、ほんの少しだけだが耳に入る音が大きくなった気がした。
外で演奏しているのかと思ったが、こんなクソ寒い中で楽器を演奏するなんてよっぽどの馬鹿か自分大好きナルシストくらいだろう。
『・・・いや、やっぱり音が近くから聞こえる、よな?』

気のせいではなかった。
俺の耳に入ってくる音は最初よりもはっきり聞こえるようになっていた。
『マジかよ・・・こんな季節に外で楽器演奏するなんて。。。』
住宅街から離れているせいもあり、子ども連れもめったに来ないこんな場所で演奏するなんてナルシストではないだろう。
と言う事は・・・

「よっぽどの馬鹿だな」
そう思うと笑いがこみ上げてくる。

「...♪.........♪...#....」

『あ・・・今、音外れた』
それまで流暢に続いていた演奏だったが、俺にも分かるくらい明らかに音がおかしかった。
『寒い中で演奏なんかしてっからだよ』
多分だが、寒さで指が悴むのだろう。音が外れて以降、演奏は止まった。

「ガサガサ・・・」

ベンチの脇の草むらが揺れ、奥の方から誰かが公園の中に戻ってきた。
演奏してた奴だなと思い、俺は目を瞑って寝たふりをする。
しかし、そいつの足音は俺の方まで来ると目の前で止まった。
相手に気付かれないように少しだけ目を開けて、相手の様子を探る。


頭の触覚を揺らしながら眉を八の字にした女が、俺に声を掛けようか掛けまいか迷っている様子だった。
「結構かわいいな」
それが俺の第一印象だった。
手には楽器の入っているであろうケースをぶら下げている。
しかし、こんな時期に外で楽器を演奏する「よっぽどの馬鹿」が次はどんな行動に出るか興味が沸き、俺はそのまま目を閉じ寝たふりを再開する。

『ぁ......あのっ.....』
は、話しかけられた。
しかし、声が小さいな。・・・やり直し!

『あ......ぁ、の......』
お、おいおい・・・さっきより小さくなってるじゃねえか。
また少しだけ目を開けて相手の様子を盗み見る。
そいつは体を震わせ、顔を真っ赤にして目には涙を浮かべていた。
いや、そんなになるなら無理して声掛けるなよ!
そんな事を考えたが、悪戯心が疼いてしかたなかった俺は再び目を閉じる。

『ぁの....、あ、あのっ....あっ.....の......』

何これ楽しい。
俺の目の前の女は今にも泣きそうな顔をしている。
いや、もう若干泣いていた。
その証拠にケースを持っていた右手を離し、目を拭っている。
そうする様子が可愛くて可愛くて仕方なかったが、さすがに人間性を疑われそうなのでそろそろ起きてやるか。

・・・・・・・・本音は、あと10分くらいはこうしていたかったが。


『ふぁ〜、何ですか?』
俺はワザとらしく欠伸をしてみせ、そいつの小さな声に返事をしてやった。
女はようやく俺に声が届いたのだと安堵した顔を見せたが、すぐにまた目に涙を浮かべ始める。
『ぉ..おきて、..ました、よね..?』


『・・・・ネ、ネテマシタヨー?』
よっぽどの馬鹿の癖に、意外に鋭いな。
『だ、...だって、こんな季節に、....外で寝てるなんて、..変、です』
「変なのはアンタだ!」と言ってやりたかったが、それを言うと起きていたという事がバレてしまうので口を噤む。
『いや、俺は寒いのが好きなんですよ。防寒もちゃんとしてますし』
かなり苦しい言い訳だったが、馬鹿相手ならこれで十分だろう。

『そ、うなんですか?....ほんとに、...寝て、ましたか..?』
尚も俺に疑いの眼差しを向ける女に「はい、本当に寝てましたよー
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