魔物娘が世界に現れて、どれくらいの時間が流れただろう。
最初はその異様な姿と性質に差別的な目を向けられていたが、
一部(性的な意味で)強引な者もいるが根本的には人類に対して友好的な彼女たちは、
次第に世界に認められるようになった。
その過程でもたらされた技術や人材のお陰で、今まで以上に平和で友好的な世界が築かれている。正に、「魔物娘さまさま」である。
これはそんな平和な世界で暮らしている、ある夫婦のお話。
どこにでもあるマンションの一室からは、気持ち良さそうな2つの寝息が聞こえる。
しかし、どう見ても布団のふくらみは1つだけ。
よく見ると一組の夫婦が隙間を埋めるように、ぴったりとお互いに寄り添っていた。
そんな中、「ん〜・・・」と控えめな唸り声を上げて目を覚ましたのは、どうやら夫の方だ。
今の今まで寝ていたからか、少ししか開かない目を手で擦りながら、枕元に置いてある時計で時間を確認する。
時刻は日曜の深夜3時を少し過ぎたところだった。
(まだ、こんな時間か。。。昨日は珍しく体を重ねずに寝たからかな。)
今日は仕事も休みだし、いつもよりゆっくり寝ていられることに幸せを感じながら、
ふと視線を下げると、自分の胸に顔を擦り付ける様にして眠る可愛い妻の寝顔があった。
布団と同じ、いや、それ以上に真っ白で癖のない真っ直ぐな長髪。
肌も同様に、まるで真珠か何かを連想するような色。
(我が妻ながら、本当に綺麗だな。)
白蛇という種族を代表するその容姿。
普段はしっかり者の妻の、子どものような寝顔に愛おしさが溢れてくる。
しばらくそうして妻の寝顔を見ていると、ふと、尿意を催した。
(寒いからかな。トイレ行きたい。)
夫は寝ている妻を起こさないように、そっと布団から出ようと試みるが、
その妻は夫の右手を自身の柔らかい胸に両手で抱え込み、尻尾も夫の右足にぐるぐると巻きつけている。
気持ちよさそうに眠っている妻を起こすのも気が引けるし、夫はそのまま寝ようと思った。
しかし、生理現象には勝てず、少しずつ確実に限界が近づく。
(うー・・・も、漏れそう。。。さすがに漏らすわけにもいかないし、心を鬼にして行くか。)
シミ一つない妻の両手と、宝石のような鱗が並んだ尻尾を解き、何とか布団から出る。
『ん・・・どこいくの?』
しかし、どうやらというか、やっぱりというか、妻を起こしてしまったらしい。
妻である白蛇は上半身だけを起こして、これまた宝石のような赤い瞳を夫に向け、小さく声をかけた。
『ああ、トイレに行ってくるだけだよ。安心して寝てなさい。』
『ん、わかった。』
夫は大きな音を立てないように静かに部屋から出て、足早にトイレへ向かう。
(さて、可愛いお姫様を一人で寝かせるのも悪いし、さっさと済ませて戻りますか。)
早々にお手洗いを済ませ、妻の待つ寝室へ向かう。
しかし、寝ていると思った妻はさきほどのまま、上半身だけを起こして起きていた。
『どうしたの?目が覚めちゃったかな。』
『・・・さむくてねむれない』
夫が妻に問いかけると、小さな声でそう答えた。
顔を俯かせているので表情は分からないが、どうやら一人では寝付くことが出来なかったようだ。
『ふふふ。そっか、お待たせしたね。』
少しだけ笑って、夫は布団に入る。
するとすぐに夫の右手を抱え込み、尻尾を足に絡ませてくる妻。
さっきと違うのは尻尾を絡ませるのが、右足から「両足」になったことくらい。
どうやら次に尿意を感じても離すつもりはないらしい。
夫の胸に顔を寄せ、大好きな匂いを堪能した妻はすぐに寝息を立て始める。
いつも以上に甘えた態度をとる妻を可愛いと思う反面、何かあったのだろうかと頭を働かせる。
しばらく、そうして考えていた夫だったが、ある答えが頭に浮かんだ。
(ああ、そうか。蛇は寒いの苦手だもんね。)
規則的な寝息を立てている妻の額にキスをして、
唯一自由に動かせる左腕で妻の背中を摩る。
そうするとより一層、擦り寄ってくる妻に聞こえないくらいの小さな声で夫は言葉を紡ぐ。
『おやすみ。寒がりな甘えん坊さん。』
彼女は蛇でありながら、冬眠しない。それは魔物娘だからではなく、冬でも温かく抱きしめてくれる夫がいるからなのかもしれない。
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