少年のアルフレッドが、キャンサーに抱きしめられて、全身を撫でまわされていた。キャンサーは下半身が蟹、上半身が人間の魔物だ。蟹の下半身から出た泡がアルフレッドの全身をつつみ、わしゃわしゃと音を立てている。
「お姉ちゃん……」
「気持ちいい?」
「うん……」
傍目には、年の離れた姉弟のように見える。しかし、キャンサーの下半身は蟹で、アルフレッドは人間の子供だ。
アルフレッドが、キャンサーの乳首に吸い付いた。キャンサーは吃驚する。
「ひゃっ
hearts;」
「ん、ちゅっ」
「……もう、よしよし」
キャンサーは、母性溢れる微笑みを湛えて、アルフレッドの頭を撫でた。アルフレッドは、赤子のように乳首に吸い付いている。
「もっといっぱい、甘えていいからね」
「……うん」
「よしよし、なでなで」
少し前までのアルフレッドとは、似ても似つかない。
キャンサーと出会って、アルフレッドは変ってしまった。悪い言い方をすれば腑抜け、良い言い方をすれば可愛らしくなった。
そのきっかけは、ほんの十日前のこと……
1章 VS人間
――真夏の太陽が、海岸に照りつけている。
年端もいかぬ少年が一人、海岸沿いを歩いていた。仲間はいない。
しかし彼が迷子ではないことは、その鋭い目つきから明らかだった。
名前はアルフレッド。三歳のころから厳しい訓練を受け、戦いの術を身に着けている。背中に、少年の小さな身体には不釣り合いな巨大な剣を背負っていた。しかし鎧は纏っておらず、布の服を着ている。
素早く動くための軽装だ。先手必勝、こちらが傷つく前に敵に白旗を上げさせる。それがアルフレッドの戦い方だった。その戦闘スタイルの所為だろうか、ただ海岸を歩いているだけなのに、アルフレッドの五感は気配を感じ取るべく研ぎ澄まされている。
もっとも、命を摘んだ経験は一度もないが。それもアルフレッドの戦い方だった。あっても精々、必要に迫られて腕や足を二、三本へし折ったくらいだ。
(……海か)
アルフレッドは青い海を見渡して感慨にふけった。日の光を反射してキラキラ宝石みたいに光っている海には、どんなものにも代えがたい神秘的な静けさがあった。ざざ、ざざ、と波が寄せて返すのは、ずっと見ていて飽きない。心が穏やかになる。
アルフレッドの一番の楽しみは、世界を旅していろんな景色を見ることだった。珍しい植物が群生する森、広大な砂漠、神聖な鍾乳洞。他にもいろいろな景色を楽しんだ。だが生まれてからずっと内陸ばかり旅していたので、三日前にこの海岸沿いに出てきたとき、初めて海を見た。
アルフレッドは基本的に、ひとところに留まることを嫌った。例え行先で知り合いが出来て別れが惜しくとも、それを上回って旅を続けてたくさんのものを見たかった。
(でも、この海なら……)
特別な何かを感じた。アルフレッドは海が好きになった。自分が探し求めていた景色はここだったのかもしれない、と思いかけていた。目いっぱい磯の空気を吸った。この塩辛い匂いも好きだった。
(しかし……いい加減、鬱陶しい)
アルフレッドは唐突に、背中の大剣に手をかけた。そして――砂浜を蹴って軽やかな足取りで斜め後ろに踵を返した。素早く、且つ気配を絶って走る。まるで風のようだった。数十キロある大剣の重さをものともしていない。
アルフレッドは、岩場の上でピタッと止まった。
「三秒待つ」
短く告げた。すると、大きく飛び出た岩の後ろから二人の人間が歩いて出てきた。
三十歳くらいの男が一人と、二十歳くらいの女が一人。二人とも鎧を着ていたが、その鎧には奇妙な亀裂が入っていた。――まるで、刃物で紙を切り裂いたような綺麗な亀裂。アルフレッドは不思議に思った。おそらく鉄製であろう、あの鎧にあれだけ綺麗な切り込みをいれることは、この世のどんな名剣にも不可能なはずだ。
「俺をつけてたな。理由を言え」
アルフレッドはまだ声変りをしていないが、その言葉には二人を圧倒するのに充分な凄味があった。女が両手を上げながら前に出てきて、ぎこちない笑顔を浮かべながら言った。
「敵にやられて、荷物を全部奪われた。着ているもの以外、地図も食べ物も何もない。オマケに鎧もこのザマだ。そんな時に君が丁度近くを通りがかったから、助けてもらいたくて」
「だったら最初からそう言えばいい。つける必要はない」
「……それはほら、わたしたちみたいないい年した大人が、君みたいな子供に頼るのもどうかなって、渋っちゃって。でもちょうどいま話しかけようとしたところだったんだ。ねえ、こんなこと言うのもなんだけど、何か食べるもの持ってないかな?」
嘘だ、とアルフレッドは見抜いた。気配で分かる。
「ここへは何をしに来た?」
「え
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