過去1

 ぼくの父には一風変わったツボやら絵画やらを蒐集する趣味があるのだが、まさか人形もその範疇に含まれるとは思わなかった。
 しかもそれは少女の人形だった。父には母が死んだ四十歳のときから頻繁に家を空けて放浪するどうしようもない習性があって、たまに家に帰って来たと思ったら持ち帰ったツボやら絵画やらを置いてまた出て行くということを繰り返しており、この人形もそのうちの一つだった。曰く――。

 一目ぼれした。
 コレクター仲間に無理言って、大枚はたいて譲ってもらった。
 これほど素晴らしい人形は世に二つとない。
 でも、お前には苦労をかけているからそれは誕生日プレゼント。妹にでもしなさい。

 父は頭がどうかしているのだろう。
 人形を持ってきて妹にしろ、だ。ジョークにしても笑えない、怖い。
 まあ、別にいいけどさ。


 ところでぼくは大学生で、学校から家に帰ると人形の様子を見に行くのがいつの間にか習慣になっていた。今日も例に漏れない。
 我が家には大きくわけて二つの建物がある。居住スペースとコレクションを保管するための倉庫だ。この倉庫が倉庫の分際で中々洒落た洋風の建物で、居住スペースよりずっと大きい。二階建てで部屋数は十二部屋。それがすべてコレクションの為に設えられたのだから馬鹿と言う他ない。父が馬鹿なのは今更だが。
 一分一秒も惜しむように走って洋館に向かった。
 洋館の中は埃臭く、かび臭い。生前は母がかいがいしく掃除していたが、今はもうその母もおらず、父も放浪中だ。
 ぼくには芸術を理解する高尚な精神が欠片も備わっていないので、こんなかび臭くて埃臭い洋館には微塵も興味がなかったのだが、あの人形が来てからどうもおかしい。足しげく通ってしまう。学校にいる間も、暇さえあればあの人形のことを考えていた。まあ、ぼくにもあの父と同じ血が流れている、ということなのかもしれない。
 
 洋館二階の一番奥の角部屋に、その人形はいた。
 一見して小、中学生ほどはあろうかという大きな少女の人形だ。流石は人形と言うべきか、顔の作りが整っていて美しい。カールした薄紫色の髪は足元まで届きそうなほど長く、後頭部には大きな紫色のリボンがついている。同じ紫を基調としたドレスも華やかで、この人形はそれを見事に着こなしていた。
 ただひたすらに美しい。
 美し過ぎて、畏敬の念すら覚えるほどだ。
 ぼくは魅かれていた、この人形の美しさに。この人形のことが頭からこびりついて離れない。
 十五畳以上はある割かし広い部屋の中央に、安楽椅子がひとつ入口に向けてポツンとあって、人形はそこにお行儀よく座っていた。床には幾何学模様の絨毯が敷かれていて、他には窓以外何もない。
 いまやこの部屋は、この人形の為だけの部屋だった。
 人形に近寄る。両目は伏せられていて微動だにしない。あまりに精緻な人形なので、本物の少女が眠っているように思えてくる。しかし息遣いは全く聞こえない。
 ドクドクと、ぼくの心臓が脈打つ。
 いくらかの背徳感を覚えつつも、ぼくは人形に手を伸ばして、肌色の頬に触れた。冷たい。
 そして――柔らかい。
 つつくとへこむ。軽くひっぱると伸びる。
 そう、まるで人肌に触れているような柔らかさだ。生身の人間ではないかと錯覚する。慌てて視線を下にやり、指の球体関節を見て安心する。これは人形だ。球体関節人形だ。
 そうと分かっていても、眠っている少女に触るのは緊張する。ほら、ぼくも一応男だし……チェリーだし……。
 いきなり「この人痴漢です!」なんて言われたら大変だ。まあ、人形なんだけども。
 唇を触ると、瑞々しい弾力があった。開くと、真っ白い歯が見えた。
 次に髪を触った。薄紫色の髪の一本一本に艶があって、触っていて飽きない。作り物特有の安っぽさはなく、本物の人間の髪を植毛したと言われたら信じてしまいそうだ。無意識にそれを鼻先に持ってきて、匂いを嗅ぐと、強烈なラベンダーの香りが鼻腔をついた。くらくらする。
 ……なにをやっているんだろう、ぼくは。
 こうして人形の身体を触って楽しむのが最近の日課になっていて、これではアブナイ人なのだが、そうと分かっても止められなかった。そうさせるだけの魅力が、この人形にはあった。とりわけ好きなのが彼女の瞳だ。 
 まぶたを開く。すると、アメジストのような紫色の瞳がこちらを覗いている。
 綺麗だ。
 触ったことはない。もちろんプラスチックやガラス玉だろうが、もしかすると本物の眼球とおなじ触感かもしれないと思うと、手が伸びなかった。
 でも、
 触ってみたい。
 この瞳に触ってみたい。
 ぼくを魅了してやまない、この綺麗な紫の瞳に直に触れてみたい。
 どうも今日のぼくは強気らしく、どうせ人形なんだし大丈夫と、触ってみることにした。
 左手で瞼を
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