時間は少し、そう、ほんの少しだけ遡る。
市井の人々には意識されない時間、10秒にも満たない時間、直前の出来事。
大人の腿のあたりまで伸びる草が生い茂った草原を、男は走る。
草陰に完全に隠れ、その気配を周囲に紛れさせながら、男は駆ける。
傍から見れば地面を滑っているかのように上下動を排して、男は疾走する。
背中に背負った二振りの鎌の使い方を教えてくれた師匠に教わった通り、
半身の手足を同時に出し、
身体を捻らず、
力の損失をなくし、
その男は、
目標に向けて突き進む。
『見えた』
その速度を緩めることなく男は依頼の達成に障害となる存在を確認する。
一人は剣士。
一人は弓手。
『悪くない組み合わせだ。だが、突破は容易。』
相手の手腕が己より劣る訳ではない、
正面から戦えば負けるかもしれない、
気配の探り方からして剣士の方は間違い無く達人の境地に至っている、
弓手の方も限り無く達人に近い。
それでも男は臆す事無くひた走る。
剣士は騎士であるが故に。
弓手が狙撃手ではないが故に。
男が元・暗殺者であるが故に。
突如、男の第六感が警告を上げる。
弓手の手から矢が放たれたのを確認してから、右足に力を込め左へ身体一つ分移動する。
飛来した矢は、男が直進していたら直撃する位置を通りすぎる。
『エルフでなくてよかった』
男が刹那の間抱いた正直な感想である。
以前、森に住まうエルフの長老から依頼を受けた際に敵襲と間違われ、
四方八方から一斉掃射を浴びることとなった。
さらにひどい事に奴らの矢は標的を前にして曲がる、
どういう理屈かは分からないが曲がる、
うまい奴となると一度ならず二度三度曲げてくる。
直進しない飛び道具を全方位から放たれる恐怖はたまったものじゃない。
さすがにあの時は本気で死を覚悟した。
『マズイな、バレたか?』
相手の顔を注視する、
下手をすれば逆に見つかる可能性のある方法だが、
師匠から相手に悟らせず相手を見る方法を教わっていた。
『目をつぶってやがる』
きっと目で捉えられないことを知り、
気配を探る方法に切り替えたのだろう、
選択肢としては合格点だ、
目を開いている弓手の方は確実に見えてないな。
相手の口を読む、
『12時、右に1、距離150、撃て!』
気配が朧げに分かる剣士の方の感を頼りに撃つって訳か、
中々に良い連携だ。
弓手の手から再び矢が放たれる、
着弾点の分かっている矢を避けることなど造作も無い、
先程とは逆の要領で、
今度は右に一つ身体をずらす。
通り過ぎる矢を横目で見ながら、男は腰にある鍔のない刀に手をかける。
『折刃』と銘の打たれたその刀は、刃の部分を使い捨てる形の居合刀。
大陸中どこに行っても同じ替刃が売っている、
『切れ味が落ちて困るなら、使い捨てればいいじゃない』が売り文句。
誰が考え出したのかは分からないが、よくできた刀だと思う。
またもや男の第六感が警告を出す、
見れば弓手が五本の矢を一度につがえ、
至近距離に向けてばらまこうとしている。
『下手な鉄砲数撃ちゃ当たるってか?冗談じゃねえ』
意識を集中する、
こちらも相当な速度で走っているため、
矢が当たるまでの時間など瞬息に満たないはずなのに、
男の目には矢の軌道がしっかりと見える、
矢が男の脳天に触れる直前、
男は急激に速度を上げ、
身体全体を回転させ、
矢の間を受け流すようにして通り抜ける、
指を弾くことも叶わぬような時間の後、
今にもその剣を振り下ろさんとする剣士の方に目をやる、
本気を出せば気づかれることなく回避することも可能だろう、
ただ、脳裏によぎるのは師匠との会話。
「凪・・・、暗殺者・・・の、本気・・・は、死ぬ・・・時」
別に師匠がくたばりかけてる訳じゃない、何時もこんな口調だ。
「もし、本気を出したら?」
くだらない返答、ただその先の答えが聞きたかっただけ。
「殺・・・す。」
その時師匠に当てられた視線と気当たりで三日ほど生死の境をさまよったのは苦い思い出。
目覚めたときには、
「未熟・・・者」
とたった一声、
だが、
看病の様子が見て取れたので何も口には出さなかった。
『そうだよな、くたばるにはまだ早い』
故に本気を出さない方法に切り替える、
男が白木の鞘に手をかざしたその刹那、
その刀身が、
男の右手が、
男の右腕が、
男の全身が、
消える。
『鬼龍居合術、壱の型』
ジパング人なら誰でも知ってる伝説の侍“鬼龍業次郎”が残したとされる居合術。
地上での三連撃となる壱、弐、参之型と、
空中からの四之型、
溜めを必要とする伍之型、
それと“かわし”と呼ばれる独特の体捌きからなる、非常に単純な剣術。
その単純さ故に突き詰めると人ならざる者を圧倒する速度と、攻撃力を得る。
鬼龍業次郎はこ
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