ああ、くそ。あたま痛ぇ。
もうすぐ三十路を迎える男、鎌居凪は人化したお涼に膝枕をされながら激しいまぐわいの後遺症とも言える全身の気だるさ、並びに頭痛と闘っていた。
原因はヤリ過ぎのやられ過ぎである。
お涼と行為におよんだ時は大抵こうなる。いや、こうならなかった試しなどない。
ただの人間である凪にはお涼の重たすぎる愛を受け止めきることなど出来ないのだ。
それでも、
その愛を受け止めようと必死になっている凪をお涼は好きで、
こんな己でも傍に居てくれるお涼を凪は嫌いになれなくて、
だからきっと、
ずっと先まで二人の関係は、
恋人以上夫婦未満。
「凪、大丈夫?」
「だいじょぶな訳あるか、だぁほ。だいたいよ、後になって詫入れるくれぇなら、ちっとばかし手加減してくれたって良いじゃねぇか。」
「ごめん、何かこう一度火がついちゃうと止められなくって。」
「よしてくれ、師匠じゃねぇんだから。こんな事続けてたら仕舞いに俺ぁ干からびるぞ。」
「もしかして、師匠の方が気持ちよかったとか言うんじゃないでしょうね?もっと、も〜っと苛めて欲しいのかなぁ?」
お涼が見せる黒い笑顔、嫉妬の塊に能面を貼り付けたような笑顔。
「そういう意味じゃねぇよ、やり出すと止まらないのが師匠と似てるってこった。」
もっとも、師匠の場合はやるではなく殺るなのだが。
死合って、技を教わって、また死合って、飯を食って、さらに死合って、眠ろうものなら喉元にその鎌を突きつけられる。正直、生きていられた事が奇跡にしか思えねぇ。
魔王という奴にゃ会った事がねぇが、感謝しなけりゃならねぇだろうに。
師匠は蟷螂・・・マンティスなんだから。
人づてに聞いた話によると、現在の魔王が即位してから魔物の生態が大きく変わったらしい。
見た目は女人のようになり、
人の精を主食とし、
人と子をなす事も出来るという。
最も、俺にとって一番影響が大きかったのは人を殺める事に強い嫌悪感を覚える事だったんだが。
そうでなけりゃ出会った瞬間に食べられていた。
無論、性的な意味ではなしに。
梅に言われて始めて意識したのだが、師匠と過ごした時間の大半を死合っていた俺はどうやら他人の殺意に対して敏感に反応するらしい。
今日の昼間にあの野郎の暴挙を止められたのもそれが理由。
まあ、こんな才能があった所で誰一人幸せに出来ねぇんだけどな。
卑屈な気分になるのは無しだ、空気が不味くなる。
雑多な思考を意識の向こう側に沈め、息を吐く。
疲れた時ぁ、横になるのが一番だ。
枕が情人の膝なら更に良し。
何をするにも弛緩した気分の中、己の愛する人と一緒の時間を送る。
きっと贅沢な時間の使い方なんて言うのはこういう物なんだろう。
ふと、違和感に気づく。
先程までこの場に漂っていた気だるい空気の中に刺激物が混じる。
刷り込みによって鍛え上げられた感覚は“それ”を神経反射の領域でとらえる。
それは、殺気。
鋭利な矛先を向けられた誰かではなく、不特定多数の誰か。
噛み砕いて言うならば、『誰でも良いから殺したい』という感情。
まったく、めんどくせぇことしやがって。
すごく乗り気がしないがお涼の膝から身体を起こす。
「どうしたの?まだきついんじゃないの?」
「ちょいと野暮用だ、しばらくそこで待ってろ。」
おめぇに笑ってて欲しいから、俺はこの手を血で染める。
おめぇに幸せになって欲しいから、俺は外道に成り下がる。
だから、そんな悲しそうな顔すんじゃねぇよ。
「・・・気をつけてね。」
俺を送り出すお涼の右手の指先に、糸で締め付けられた痕を見つける。
まさか・・・冗談・・・だろ?
その事実が嘘である事を願いながら、俺は部屋を後にした。
あーあ、気づかれちゃったか。
この痕は糸の痕、
血染めの朱い糸の痕、
凪と私をつなぐ糸の痕、
たとえこの身が朽ちて果てても、
彼を一人にさせない為に、
私はこの糸を結びつける。
案の定というか何というか、
悪い勘ほど良く当たる、
外に居たのは一人の男、
昼間見かけた一人の男。
「それで、若ぇの。いってぇ何の用だ。」
殺気を放つ当人、気味の悪い男は答える。
「退いて下さい。どうしても退かないって言うなら、僕は貴方を殺さなくちゃいけない。」
「そいつぁ面白ぇ冗談だ。誰が、誰を殺すって?」
凪は殺気を放つ、鋭く、ただ鋭く、研ぎ澄まされた気の刃、彼の師が好んで使う第三の刃、不可視の刃。
その刃は精神に届く、届く刃はその精神に深く死の幻影を刻み込む。
男は武器を取り落とす、膝が笑って使い物にならなくなる。
やっぱりな、怒りで人を殺そうなんて奴ぁ大抵心が弱ぇ。
凪は間合いを詰める、一歩また一歩と詰めるごとに相手に圧を掛ける。
男の身体が震える、詰め寄られるたびにその震えが大きくなる。
ついに手の届く距離になった時、凪は男の肩
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録