「ふむ、事前に貰った地図ではこのあたりに教団の施設があるはずなのですが…それらしきものはどこにもありませんね?」
港を出てから一刻ほど、資料の示す目的地へ到達したはずの男だったが目の前にあるのは大きな屋敷の裏口、教団のシンボルとなり得る印はどこにも見当たらず、右を見ても左を見ても異世界からきた男には何の変化も見受けられない。
「やはり町のことは町の人に聞くのが良いのでしょうか?このままここでうろついていてもしょうがないですし、いったん表通りの方へ出てみましょう。」
そう決意して歩き出した男の手を何者かが掴む、突然の出来事に反応が遅れた男はその手の導く方へとされるがままに引っ張られる。
男の手にしていた地図がはらりと手から落ちる。
忘れ去られた地図を残して、裏通りに静寂が戻る。
「凪、一体何をしてきたって言うの?」
所変わってここは凪の住んでいる長屋、気を失っていた・・・もとい、お涼が絞め上げて気絶させた凪を現場から近いここへ連れてきて今に至る。
「ったく、おめえは肝心な所を見てねえのかよ。」
お涼の奴はいつもこんな感じだ。種族柄、行動力があるのは良いことだが重要なことを見落としたまま動き出すため何かと裏目に出ることが多い。
こいつがジパングに来たときだってそうだ、「着物の作り方を学びたい」と言って着の身着のまま転がり込んできやがった。
まったく、俺が口をきいてやらなかったら今頃その辺でのたれ死んではずだ。
最も今はすっかり立場が逆転して尻に敷かれっぱなしの毎日だが。
「別に大した事はしてねえよ。何か妙に気味の悪い男があの親子に手え掛けようとしてたもんだからな、ちょいと止めに入ったってだけのことだ。」
「そう。それであの蛇女は私の凪を・・・ちょっと絞めてくる。」
お涼は立ち上がり戸口の方へ向かう、殺気と嫉妬と怨念が混じったドス黒い何かが彼女を取り巻いている。
それでも俺は臆せずお涼の腕をとり。
「やめとけ、聞こえてるんだろ? ありゃあ、旦那さんとよろしくやってる最中だ。それにな、あそこの坊主怒らせると怖えんだから、ほら・・・前にあったろ?」
少しばかり前のこと、魔物の嬢ちゃん達を上手い話で誘って遊女に仕立て上げる店があり、そこに坊主の娘さんが連れて行かれたことがあってだな、詳しいことは面倒だから省くが・・・単身乗り込んでいって娘さんを助け出したんだ。
驚いたなんてもんじゃねえぜ、丁度俺らが裏の仕事で乗り込もうとしたときに店に居た娘っこを満身創痍になりながらも全員引き連れて出てくるんだからよ。
どうしてそこまでするんだ?って診療所に連れて行った後に聞いたらよ、「目の前に困ってる人が居るんだ、助けるのが当然だろ?」なんて聞き返してきやがった。
あれが英雄って奴なんだろうな、俺なんかとはえらい違いだ。
「冗談よ、本気にしないでって。それよりさ、気になることがあるんだけど、メドゥーサって石化能力を持ってるからわざわざ助けに入る必要はなかったがするんだけど。」
確かにそうだ。
彼女たちの目にはいとも簡単に相手を無力化させるだけの力がある。
仕掛けてなかったか、もしくは掛からなかったか。
こればっかりは考えた所で埒があくような物じゃねえ、当人に問いただし・・・って今は無理か。
どこかで時間を・・・そうだ、梅の奴が旅から帰ってきた所じゃねえか。
今度は俺が立ち上がり、戸口へ向かう。
「ちょっくら梅のとこ行って来るぜ、ついでに当人達にも話を聞いてくっからよ。」
「凪、あの・・・さ、その・・・」
お涼が胸の前で指で遊んでいる、この仕草が出たって事は・・・あれか。
「いつもの、だろ?分かったよ。いつも通り、五つ半でいいか?」
「その、ごめんね。私がしたいだけなのにいつもいつも付き合わせちゃってさ。」
「いいんだよ。女のわがままを黙って聞いてやるのが男ってもんだ、あの坊主の受け売りだけどな。」
それにな、お前は知らねえかもしれねえが俺は結構救われてるんだぜ、少なくともそんなお前を好きでいられるくらいには。
俺は草履を履き、外に出る。
まずいな、格好つけたのは良いがあの様子だと明日一日動けそうにないぞ。
「梅ー、いるかー?」
俺は診療所の戸口を開け、居るであろう主人に呼びかける。
「凪さん、もういらしたんですか?せっかちな人は嫌われるから気いつけなあかんよ。」
気だるそうに奥から出てきたのは稲荷で名を梅安と言う。
ただ、誰一人としてその名を呼ばず梅先生、梅先生と呼ぶものだから遠方から来る患者の中には本名が梅であると信じ込んでる人もいるとかいないとか。
本業は鍼灸医なのだが、知識に貪欲な彼女はありとあらゆる医術に手を出し、今ではここで治らぬ病ならあきらめろとまで言われるほどである。
風の噂には草津の湯でも治らない恋の病まで治ってしまうの
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