涼しき流れのゆく先は

 うっそうと茂る林道の中を一人の少年が額に汗して進んでゆく。
 少年の名はヒュー。この辺りの山で狩りなどをして暮らしている。
 今日は仕事は休んで、お気に入りの場所へと向かう所だった。
「ふう、あっついなぁ」
 ヒューはシャツの襟をつかんで、服の中に溜った熱気を逃がす。
 この地域は内陸の山地だが、夏の暑さはかなり厳しい。
 今いる道も木陰は多いが、木々の切れ間から降り注ぐ日差しは強烈だ。

 目印の大岩のところまでくると、ヒューは道を外れ沢の斜面を下っていく。
 やがて、せせらぎの音が聞こえ始め、視界が開けた。
 碧く透き通った水をたたえた渓流の淵。
 水源にほど近く、また流れ込み、注ぎ出る瀬の速さもそれなりにあって、付近は清浄な雰囲気に包まれていた。
「到着っと」
 岸辺の平たい岩の上に腰を下ろし、ヒューはまず手を川に浸す。
 指の間を心地よい冷たさの水が通り抜けていく。
 そのまま水をすくい上げ、顔を洗うと人心地ついた。
 靴を脱ぎ捨て、素足を放り込む。
 そうして涼を取りながら、岩の上に寝転がった。
 目を閉じて周囲に耳を澄ませる。
 沢の音、小鳥たちのさえずり、蛙もどこかで喉を膨らませているようだ。
 とそこに、ヒューのすぐ側で何かが川面から上がってきた。

「ヒュー」
「やあ、ラウラ」
 瞼を開けると、しずくを長い髪から滴らせる美しい少女の姿が。
 凛と整った顔立ちはほとんど無表情だ。
 その手足は濃紺の鱗に包まれ、指の間には薄いけれども丈夫な膜がある。
 彼女はサハギンと呼ばれる水棲の魔物だ。
 この付近で魚を捕って一人で暮らしている。
「今日は?」
 ラウラがぼそりと抑揚のない声で尋ねた。
「特に用事があってきたわけじゃないよ」
「そう」
 数年前、この場所に迷い込み偶然彼女と出くわして以来、ヒューはちょくちょくここに来ている。
 今日のように突然訪問しても、追い出されるようなことは一度も無かった。
 感情をあまり表に出さないラウラだったが、ヒューのことは気に入ってくれているようだ。

「元気してた?」
「ん」
「そうそう、この前貰った川魚、焼いて食べたらおいしかったよ」
「ん」
 会話と言うにはかなり一方的なやりとりだが、いつもこうなのでヒューは気にしない。
 他の人となら間がもたなくなる所だが、彼女の場合は不思議と居心地がよかった。
「それにしても暑いね。ラウラなんか干からびちゃいそう」
「ん。・・・・・・ん」
 何気ない言葉に反応し、突然彼女は立ち上がってヒューの腕を取った。
 ぬめり気のある手の感触は、人間のものとは大きく違うが不快ではない。
 むしろ女の子に触れられて、ちょっとドキドキする。
「えと、どうしたの?」
「こうすると涼しい」
 と、ラウラはヒューの腕をつかんだまま淵へと飛び込んだ。
「うわぁぁぁっ!?」
 世界がひっくり返り、青色に沈む。
 思っていた以上に川底は深く、足を伸ばしても届かない。
 水面に顔を出すと、背中側からラウラが身体を支えてくれた。
「いきなり何を・・・」
「ほら、涼しい」
 悪びれもせずラウラが同意を求めてくる。
 純粋に善意からの行動らしい。
「まあ、確かに気持ちいいね」
 肌を撫でて流れ去る水は、温度が低く、かといって凍えるほどでもなくといったところで、真夏の沐浴にはちょうどいい。
「でも、せめて服を脱がさせて欲しかったなぁ。纏わり付いて泳ぎにくいや」
「私の服は平気」
 ラウラが着ている服はサハギン族の伝統衣装で、耐水性と伸縮性のある正体不明の素材で出来ている。
 水の抵抗を減らすためか、肩と太ももは大きく露出しておりピッチリと身体に張り付いていた。
 そんな身体のラインが強調された少女に密着されているのだ。
「と、とりあえず一旦上がるよ」
 ヒューは渓流に浸かっているにもかかわらず、首から上が熱くなってくるのを感じた。
 
 下着だけになり、改めてヒューは川遊びに興じ始める。
「ついてこれる?」
 ラウラはそう言って、淵を上流へ向かって泳ぎ出した。
 鰭のある尻尾を力強く振り、あっという間に遠ざかってしまう。
 その運動力に感嘆しながら、ヒューは後を追う。
 少し川を遡ると、人の倍の背丈くらいある小さな滝があった。
 垂直に水が落ちているのではなく、急斜面を結構な量の水が流れている。
 ラウラは岩肌にとりついて、器用にするすると登っていく。
「よし僕も・・・おっとと」
 ヒューも狩りでは岩をよじ登ったりすることが多いので軽く見ていたが、流れの抵抗があって案外難しい。
 それに、滝の中央部は急流で磨かれツルツルになっており、手足をかけられる場所が少なかった。
「ヒュー、いけるか?」
 かけられた声に見上げると、ラウラがこちらを睥睨している。
 特に表情はないのだ
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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33