温もりの大地に抱かれ

「師匠〜、また駄目でした〜」
 魔道士ギャレスの研究室に入るなり、アイル・ランバートは情けない声を上げる。
「はぁ、ウンディーネでも駄目だったか」
 ギャレスはあきれ顔でため息をついた。
「それで、原因は?」
「あの、その……呼び出したウンディーネさんは契約にとても乗り気だったんですけど」
 と、アイルは恥ずかしそうにうつむく。
「勃たなかったんです」
「……お前、その若さで」
「違いますっ! でも、今度こそ成功しなきゃとか色々考えて緊張しちゃって」
「ああ、いるよなぁ、そういう奴」
 ギャレスは弟子のふがいなさに頭を抱えた。

 魔道士ギャレスの一門は、精霊と契約して力を行使する異端の学派である。
 ギャレス自身も炎の精霊イグニスの一人と契約し、あまたの戦場で活躍した一級の魔道士だった。
「もうお前、諦めて普通の魔道士になったら?」
「いいえ、諦めません! 僕に精霊使いの才能があるって認めてくれたのは師匠じゃないですか」
「そうは言っても、肝心の精霊と契約できなきゃ話にならんだろうが」
 精霊魔法は精霊と交わり、精と魔力を交換する契約を結ぶことで成立する。
 それなのに、アイルはいざ契約というときに精霊に気に入られなかったり、焦って失敗ばかりしたりするのであった。
「だっらしねーなー!娼館にでも通って度胸つけてきたらどうだ?」
 ギャレスの契約相手であるイグニスが口を挟む。
「主殿がオレと契約したときには、もう百戦錬磨のテクニシャンだったってのに」
「女たらしみたいに言うな。精霊のお前から何かアドバイスないのか?」
 そう問われて、イグニスは少し考えてから答える。
「んー、そうだなー。アイルにはノームなんかが合うと思うんだけどな」
「ノーム、ですか」
 イグニスの提案に、アイルは眉をひそめた。
 自然界の力を司る精霊のうち、土の精霊がノームである。
「土属性ってなんかダサいというか、地味っていうか、不人気っていうか」
「贅沢言える状況でもないだろ。試してないならさっさと行ってこい」
「は、はいー」
 師匠に睨まれ、アイルはそそくさと研究室を後にした。

「はい到着っス」
 ハーピーの運び屋は足でつかんでいたアイルを地面に降ろした。
「ありがとう、シルクさん」
 周りをきょろきょろと見回しながらアイルは礼を述べる。
 アイルが住んでいる町から離れた岩山の廃鉱。そこにノームが生息しているとの話だった。
「これでアイルさんを運ぶのも何回目っスかね」
 シルクはニヤニヤしながら言った。
「なんならここで待っといたほうがいいスか? 帰りも一人分だったら運べるっスよー」
「今度こそ成功して二人で歩いて帰るよ」
 シルクのからかいを無視してアイルは廃鉱へと足を向ける。
 打ち棄てられてから長い年月が経っているようで、坑道の設備は大分朽ち果てていた。
 しかし、ただの廃鉱とは明らかに違う特徴がある。
 異常なまでに周囲を草木が茂っているのだ。明らかに土の精霊の影響である。
 精霊がいることを意識したとたん、アイルの腹筋に無意識に力が入った。
 入り口から緊張してどうする、と深呼吸を一つ。
 意を決してアイルは坑道へと足を踏み入れた。
「もういっそ精霊使いになるより」
 と、そんなアイルの後ろでシルクは翼をもじもじと動かして独り言をつぶやく。
「ボクと一緒に運送屋経営なんてどうッスか……なんてね」
 しかしその言葉はアイルには届かず、シルクは残念そうな顔をして飛び立っていった。
 決して魔物娘に好かれないわけではなく、どうでもいいところでモテるアイルなのであった。

 明かりの魔法を周囲に漂わせながら、アイルは鉱山を奥へ奥へと潜っていく。
 もっと崩落しているかと思ったが、太い木の根がちょうど地盤の弱いところを固めるように伸びてきていた。
 さらに進むと、燐光を放つキノコや不自然に突き出た水晶の柱といった幻想的な様子を呈してくる。
 間違いなくノームはこの先にいる。
「・・・!」
 急に視界が開け、そこにあった景色にアイルは息をのんだ。
 まるで宮殿のごとく水晶の柱がそびえ立ち、天井や壁にちりばめられた色とりどりの宝石が魔法の光を放っている。
 そして中心にはふかふかの苔のベッドでお姫様のように眠るノームの姿があった。
「あ、あの、すみません、起きてもらえません?」
 おずおずと声をかけてみたが、目覚めそうな気配はない。
 アイルは仕方なくノームに近づいて起こそうとする。
(うわ、おっきい)
 たわわに実ったむき出しの乳房にたじろぎつつ、ノームの肩を揺り動かす。
「……ふにゃ?」
「寝ていたところをごめんなさい、ノームさんですよね?」
「そうですよ、ふわあ」
 ノームは大きくあくびをして、粘土のような手で目頭をこすった。
「なんの、ようじ?」
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