黒犬様の愛の手を

「すまんなあ、すまんなあ。本当は、こんなことしたくなかったんだ……」

「いいんだよ、お父さん。みんなが助かるためには、こうするしかないもの」

「ううっ、ごめんなぁ。ごめんな、リム」

 反魔物領のどこか、山のふもとにある小さな村。その村は今、近年まれに見る飢餓に苦しんでいた。四方を山に囲まれ、都市部からの援助はすぐに来ない。

 村人たちは数少ない備蓄食糧で飢えを凌いでいたが、それにもいつか限界はくる。その限界を先延ばしするために、村人たちはとある決断をした。

 口減らしのため、村人を間引くことを決めたのだ。不運にも、最初の一人に選ばれてしまったのがこの少年、リムであった。

「恨むなら、俺を恨んでくれ。お前を守れないダメな父親でごめんな」

「気にしないで、お父さん。僕がいなくなれば、弟や妹も僕の分のご飯を食べられるもの」

 山の中にて、大きなかごに入れられたリムは涙を流し謝る父にそう声をかける。飢えによって理性が消えた村人たちは、リムの両足の腱を切った。

 空腹に耐えかねた彼が、村に戻ってくることがないようにと。リムの両親は止めさせたかったが、止めに入れば一家ごと殺されかねない。

 そんな凶行に走ってしまうほど、村人たちは飢えに苦しめられていたのだ。それを知っているからこそ、リムは彼らを責めない。

「……幸い、この山には肉食の獣はいない。生きたまま獣に食われることはないだろう。うう……本当に、本当にごめんな」

 そう言い残し、少年の父はリムを残してその場を去っていった。一人残されたリムは、かごの中でジッとうずくまる。

 何度も腹の虫が鳴り、空腹を訴えるがリムにはどうすることも出来ない。ここで一人、飢え死にするのを待つことしか出来ないのだ。

「……これで、よかったんだ。これで、お父さんもお母さんも、弟も妹も。僕の分まで生きられる。僕の、分まで……」

 そう呟くリムの頬を、ポロポロと涙が伝って落ちる。聞き分けがいいとはいえ、リムもまだ十になったばかりの子ども。

 理不尽すぎる現実に、心が押し潰されてしまっていた。何度もしゃくりあげながら、少年は小さな声で本音を呟く。

「まだ、しにたくないよぉ……」

「そっか、ならよ。アタシと一緒に来るか?」

「え……?」

 リムの呟きに、誰もいないはずなのに返事が返ってきた。上を見ると、木の枝の上に誰かがいた。黒い身体と体毛、燃える炎のような真っ赤な瞳。

 人間の女性と犬を合わせたような、半人半獣の魔物。ヘルハウンドが木の上からリムを見下ろしていたのだ。

「魔物、さん……?」

「おう、そうだせ。アタシはエミラってんだ。話は聞いてたよ、ヘルハウンドは耳がいいからな」

 エミラは木の枝から飛び降り、リムの目の前に着地する。真っ赤な瞳に見つめられ、リムの涙が自然と止まる。

「捨てられちまったんだな、可哀想に。あんた、死にたくねえってんならさ、アタイと一緒に来いよ。一人ぼっちでいるより、ずっと楽しいぜ」

「……いいん、ですか? 僕みたいな、役立たずが一緒に居ても」

「おうよ。ちょうど、ツガイが欲しいなーって思ってたトコなんだ。ボウズ……えっと」

「リム、です」

「おう、リムってんだな。いい名まえじゃねえの。こうして出会ったんだ、見捨てるなんて真似はしねえ。寂しい思いもさせねえし、飢えさせもしねえ。どうだ、悪い話じゃないだろ?」

 エミラの言葉に、リムは考え込む。村にいた時は、たまに説法にやって来る主神教団の神父から魔物について聞かされていた。

 人間を襲って苦しめ、食べてしまう邪悪で危険な存在だと。だが、目の前にいるエミラは違う。口減らしのために捨てられた自分に、救いの手を差し伸べてくれた。

「……はい! 僕を、連れていってください!」

「よし、決まりだな! ここら辺は食いモンがほとんどねえからな、新天地に出発だ!」

 リムに迷いはなかった。エミラの言葉に頷き、涙を拭う。そんなリムを見ながら、エミラは満面の笑みを浮かべて手を伸ばす。

「よし、そんじゃあ早速行こうぜ。ほら、手ぇ貸してやるから立ちな」

「あ……僕、その……」

 嬉しそうにしっぽを振るエミラに、リムは村人たちに足の腱を切られて歩けないことを伝える。痛みはもうないが、足首に巻かれた包帯は血で汚れていた。

「なんだと……! とんでもねぇ奴らだな、リムの村の連中は。こんなちっさい子どもを捨てるだけじゃなく、足までダメにしやがるのか!」

「……仕方なかったんです。悪いのは、飢餓ですから。みんな、生きるために必死に」

「おめぇもおめぇだ、リム! そうやって我慢するのはもう禁止だ! これからは好きなだけアタシに甘えろ! わがままも言え! アタイが全部叶えてやるから!」

 リムの言
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