寒い地方の浜辺によく見られる海藻のひとつに『ウミウシカザリ』がある。
ウミウシカザリは暗褐色の海藻で、ヒラヒラとした厚い葉肉と絹のような手触りが特徴である。
味と食感が良く食用に適しているため、乾燥したウミウシカザリを食料として越冬する寒村もあるほどだ。
また、このウミウシカザリが群生する場所には、カリュブディスが多く生息している場合が多い。
私はウミウシカザリとカリュブディスに何らかの関係があると考え、調査のために北方の漁村シブドロヤードへやってきた。
シブドロヤードもこの例に漏れずウミウシカザリとカリュブディスが群生している地域だった。
シブドロヤードは交易こそ行っているものの、それほど規模が大きいものではなく、大都市と大都市を結ぶ補給港としての利用が多くを占める。
しかし、シブドロヤード近海のカリュブディスの数は、その大都市達を遥かに上回っていた。
調査1日目、私は双眼鏡を使い、カリュブディスの巣穴のひとつを観測することにした。
カリュブディスの巣穴の近くには、多くのウミウシカザリが自生している。
ウミウシカザリが茂る海中は、ジャングルのように鬱蒼としている。
これはカリュブディスにとっても絶好の隠れ家となるに違いない。
私がスケッチとメモをとっていると、一隻の小さい商船がカリュブディスの近くを通りがかった。
カリュブディスはそのフジツボのような巣穴に隠れ、商船が巣穴の上に来るのをじっと待つ。
商船が巣穴の直上に来た途端、カリュブディスが大きな渦潮を発生させ、商船を飲み込んだ。
突然の大渦になすすべなく、船尾から沈んでいく商船。
船が渦へと飲み込まれ見えなくなる直前、ゆらめくウミウシカザリの茂みからいくつもの影が飛び出した。
最初、私はその影の正体を認識できなかったが、たくさんの男を担いでいく魔物達の姿が見えた途端、その正体に気づいた。
――――スキュラである。
彼女達はウミウシカザリの陰で、カリュブディスの獲物を横取りしようと待っていたのだ。
それに気づかないカリュブディスは、獲物のいなくなった商船を渦潮で吸い込む。
しばらくして、巣穴から船の残骸などが吐き出された。
そして、不満そうな表情のカリュブディスが顔を出し、近くのウミウシカザリを口へと運んだ。
なるほど、彼女達もウミウシカザリを食べるようだ。
調査6日目、あれからあのカリュブディスの近くを商船が通ることはなかった。
カリュブディスは大きなチャンスを逃したためか、退屈そうに海面を眺めている。
そして、退屈さを持て余したのかウミウシカザリをちぎって食している。
この調査を始めてからわかったが、ウミウシカザリはカリュブディス達の主食のひとつになっているようだ。
ぼんやりと水面を見つめていたカリュブディスは突然目を見開き、フジツボのような巣穴に身を隠した。
双眼鏡で周囲を確認すると、カリュブディスの巣穴から1〜2km離れた場所に一隻の商船があった。
この航路をたどっていくと、正にカリュブディスの巣穴の直上を通る。
これはカリュブディスにとって、またとないチャンスである。
慎重に身を隠すカリュブディスを見ていると、ウミウシカザリの茂みがいくつも揺れ始めた。
どうやら前の時とは別のスキュラ達が、漁夫の利を狙って潜んでいるようである。
はたして、今回はうまくいくのだろうか。
カリュブディスの巣穴の上を船が通った瞬間、再び大きな渦が出現した。
見張り台で望遠鏡を手にした船乗りが、渦だ渦だと叫ぶ。
それを待っていたとばかりに、沈む前の船へとスキュラ達が乗り込んでいった。
大渦に揉まれ、ゆっくりゆっくり形が崩れていく商船。
その商船から、好みの男を選んで離脱していくスキュラ達。
そして、再び大きな船体が彼女の巣穴へと飲み込まれた。
結果はどうだったのであろうか。
私が少し食いつき気味に見ていると、船の残骸が巣穴から吹き出した。
そして、カリュブディスも顔を出す。
心底がっかりした様子だ、またスキュラに一杯食わされたのであろう。
浮かない面持ちで巣穴に戻ろうとしたところ、近くのウミウシカザリが突然泡立った。
カリュブディスが顔を向けると、そこには一人の船乗りが沈んでいた。
見張り台にいた船乗りである。
おそらく見張り台にいたため、海へと投げ出されてしまったのであろう。
船乗りの近くに生えているウミウシカザリからは、無数の気泡が立ち上っている。
これがなければ、カリュブディスは男の存在に気が付かなかったに違いない。
上機嫌になったカリュブディスはすぐさま手を伸ばして、巣穴へと男を連れ込んだ。
どうやらお気に召した様子で、巣穴から甘い声が響くのにそう時間はかからなかった。
どうやらウミウシカザリは、カリュブディスにとって食料でもあり、男を捕まえるための補助道具のよう
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