怨敵に連なる少女(3) 真実と芽生え(前)

笹川麻理依は家の事情をどうにか理解され、日曜の夕方まで凱の部屋を間借りすることとなった。
その間、凱は地下基地の仮眠室かリビングでの就寝で落ち着く。

麻理依は凱のベッドに潜り、今日の出来事を振り返る。

凱に関する何もかもが、初めて聞かされたことだった。
だが、彼が受けた非道な仕打ち、陰惨ないじめに自分の一族……それも総帥にして伯父の笹川英雄、従姉の笹川香織、香織の弟で従兄の笹川和馬……この三人が積極的に関与していた事実と、彼らの本性を知ってしまった事の方が麻理依にはショックが一番大きいものであった。
伯母・久美子以外の三人に対し、異常とも言える違和感を両親以上に感じていた麻理依だったが、その違和感がまさかこのような形で的中するなど夢にも思わなかった。

初恋の人とそのような忌まわしい関わりの下に出会うなど、誰が予想出来ようか。

自分の恋心を自覚してしまったことが辛かった。
凱の事を好きになっていたことが悲しかった。
どうして、このような巡り会わせをさせたのかと、運命を恨んだ。
怨敵に連なる自分を、その身に流れる血を呪った。

けれど、諦めたくない気持ちもある。
初恋は叶わない――とはよく言われる。だが、すべてがそうではない。

麻理依は《白き竜の娘(みずき)》が、凱の部屋にやってきて教えてくれた話を思い出す――。

*****

瑞姫が語ったのは、端的に言えば凱への初恋を諦めなかったこと。
自分をいじめから助け、代償としてさらに凄惨ないじめを受けることになったのを聞かされた。

身と心を悪意の赴くままに弄ばれ、傷つけられ、穢されていく……その痛みと恐怖を思うと戦慄せずにはいられない。

それでも、瑞姫は諦めなかった。
凱だけをただ一途に想い続け、奇跡を掴み取った。

だが、その奇跡の代償は、少女の身にはあまりにも大きかった。
凱の唯一の肉親だった父・隆哉を喪ったのだから。

『生きてほしかった……もう一度……もう一度……お義父さんって、呼びたかった!』

涙ながらに締めたその一言が、麻理依の心に深く突き刺さる。

*****

振り返れば振り返るほど、麻理依は己に流れる笹川の血を怨み、呪う。
同時に、自分が笹川の家に生を受けていなければ、凱とは幸せな形で出会えていたのではないかと思えて仕方がなかった。

真実を知ったからこそ、麻理依が願うは、笹川の血と縁を絶つ事だけ。

だが、幼い身の彼女では、余程の奇跡が無い限り決して叶わない。
であれば耐えるのみだが、麻理依には本当に最後の手段と言うべき宛てがある。
それを頼るのはまだ先だろうと彼女は思っているが、運命がどう動くか判れば誰も苦労しない。人間を含んだ生物も無機物も問わず、1秒先の運命すら分からない。極端な話、1秒先に何らかの形で滅びることさえあり得るのだ。

麻理依はその身と心に恐怖を禁じ得ず、眠れぬ夜を過ごすこととなるのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

翌朝になっても昨日からの雨は止まず、床上ないし床下からの浸水に対する警戒もいよいよ本格化してきていた。

が、そこは魔法を得意とするサバトの運営する施設。少し高台にした敷地に加え、地下に流して貯め込んだ雨水を濾過しつつ浄化して、予備の飲料水や水道用水に利用する装置を組み込んである。
このため、周囲からの浸水こそ無いものの、昨日ほどではなくとも雨は降りっぱなしだった。

麻理依もこのままでは自宅に帰れず、下手をすると警察に捜索願を出されかねない。
もっとも、当の彼女は眠れないことが響いて、朝にようやく寝る始末。
すっかり寝不足になった麻理依は、眠気に支配された身体を引きずりながらも起きてきて、歯磨きや洗顔を済ませる。

一方、凱も凱で朝食の準備に取り掛かっていた。
ぶつけようのない怒りを消すため、ただ無心に、けど美味しいものを作るために取り組むのみ。
麻理依への筋違いな怨みも憎しみも怒りも、今は出してはならないから。

*****

しばらくして――。

朝食を終えた凱と麻理依だったが、その時間はヨメンバーズや杏咲より遥かに遅かった。
雨も昨日よりは弱まり、むしろ止みそうとも言える。
そんな朝を、二人は部屋で《物憂げ(アンニュイ)》に過ごし、やがて昼に。

――この身体を捧げるチャンスなのでは?

麻理依の脳裏にふとそんな考え、もしくは欲望が芽生える。
彼女は性に対して意外と貪欲な面がある。年頃と言えば聞こえはいいが、実際のところは耳年増と言う方がいいのだろう。
当然ながら、12歳、しかも小学生の身である麻理依にとって性体験はまだまだ未知の領域。痴漢に遭っても、セックスに至るような環境も度胸も、今の彼女には無い。

だからといって、凱の笹川家に対する深い憎悪を目の当たりにし、瑞姫から聞かされたことを
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