数日後、金曜日の夕方。
凱は待ち合わせ場所の最寄り駅のホームに降り立っていた。
ホームに降り、そこで一旦、できるだけ深刻そうな表情にならないよう、頬の辺りをマッサージするようにぐりぐりと両手で揉んだ後……意を決して歩き出す。
「あ、お兄さん、こんにちは」
「こんにちは」
ホーム内で人待ち顔をしていた少女に声をかけられ、思いの外元気そうな様子に内心面食らいながらも、凱は挨拶を返した。
「もしかして待たせちゃったかな?」
「少し前に来たところですから、大丈夫ですよ」
そう言葉を交わす相手は、もはや言うまでもない。
笹川麻理依――
この二週間、朝の電車でおしゃべりをするようになった関係の、小学六年生の少女。
ふと、何となく同時に黙りこくり、立ち尽くす。
何がそうさせたのか、麻理依はこの数日で瑞姫たちのような雰囲気を宿すようになっていた。
そんな彼女に凱は違和感を覚えるのだが、確信に足るものが無い以上、口に出すべきでないのも事実だ。
「なんか……不思議な感じだね」
「ですね」
先日の無人駅での何気ない触れ合いを通じていても、基本的に二人は朝に電車で顔を合わせるだけの関係に過ぎない。
今朝もそれはまったく変わらなかった。食べ物や漫画、流行りなど、無邪気で他愛もない話をした後、乗り換えのために電車を降りていく麻理依を見送る……といった感じで、少なくともコミュニケーションの内容や頻度は以前とまったく変わっていない。
だというのに、いかにも「待ち合わせしました」みたいなやり取りは、こそばゆい雰囲気を感じてしまう。
そういう意味で言えば……この二人の関係の変化は、いい方に向かっているのかもしれない。
少なくても今、少女がここにいる背景は、決して明るいものではないが、それでもこうして笑えているのならば、それはそれで凱にとっても本当に心の底から歓迎すべきことなのは間違いなかった。
「ええと……じゃあ、行こうか」
「はい」
「電車降りたらタクシーに乗り継ぐけど、大丈夫?」
「平気です!」
そう言い合って向かう先は、当然、凱の住まいである風星学園特別寮だが、麻理依はそれをまだ知らない。
彼女を連れていく形で一緒に神奈川まで電車に揺られていく。
そこに至るおよそ1時間の時を使い、凱と麻理依は互いの話に興じる。
つくづく不思議な気分だった。家への道のりを、今、凱は、ほとんど顔見知り程度の関係でしかない少女と、並んで歩いている。
家並みや店の看板は何も変わらないはずなのに、隣に麻理依がいるだけで、見慣れたそれらの町並みが、丸ごと非日常に取り込まれてしまったような気がした。
夢の中にいるようにふわふわと現実感が無く、地に足をつけて歩いているはずなのに、どうにも足元が覚束ない。
ともすれば、次の瞬間に足の下が抜けてしまうのではないか、と、そんな思いにすら囚われてしまう凱だった。
「そういえば、夕飯とかどうするの?」
「あ、えっと、今日は、お金で買う日なんです」
特別寮へと向かう道すがら、ふと気になって訪ねてみると、そんな答えが返ってきた。
「パパとママ、どっちも仕事で……帰ってくるの、毎日すごく遅いんです。いつもはお手伝いさんが来てくれるんですが、今日は休みで……」
その笑みがどこか寂しそうにも見えて、凱は「そうか」と曖昧に相槌を打った。
先日、凱がサボりに誘った時も、彼女は親に休む旨を電話で話していたはずだが……特に叱られたりしたような様子はなかった。今までしてきた朝のおしゃべりでも、両親の話題が出たような記憶は無い。
行儀もよく、躾も行き届いていて、大事に育てられた子なのだろうと何となく思っていたが、この少女は思いの外、親子のふれ合いに乏しい環境に暮らしているのかもしれない……と凱は思う。
(……でも、そこまで首を突っ込むのもな)
そう思うのは当然かもしれない。
様々な巡り会わせでこのような関係になっているが、自分ではどうにもならないことに考えなしに関わっても、それがいい結果に結びつくことなどそうそう無い。それは単なる無責任だ――と凱は少なくともそう考えている。
「じゃあ、一緒に食べようか。嫌じゃなかったら、料理作るよ」
「え、でも……」
「時間も遅くなるだろうし、お腹空くでしょ? それにちょっとした憂さ晴らしにもなるんだ」
やや強引に言いくるめるように言うと、ほんの少しはにかむような笑みを浮かべた麻理依は「はい、おねがいします」と言ってきた。
だから、凱に出来る事は今はこれが精々だ。
親代わりにはなれないけれど、せめて、今日くらいは一緒に食事をして、麻理依が独り寂しく食卓に向かうようなことにならないようにするくらいには、やっても許されるはずだと凱は思っていた。
「でも……お兄さんこそ、大丈夫ですか?」
物思い
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