所変わって、高級料亭――
「はい、ガイさん呑んで♪」
凱は杏咲に酌をされながら飲んでいた。
「いや、あの時は娘が世話になったね。ささ、一献」
凱の前にいたのは源グループ会長・《源義成(みなもと・よしなり)》。
源グループは笹川グループとライバル関係にある、大手企業グループである。
まして、その会長ともなると凱程度の身分では会えないのが普通だというのに、その会長自らが積極的に会いに来たのだ。
「ありがとうございます」
凱は注がれた酒を飲むが、凱は酒については積極的に飲まない主義だった。
ただ、客人から注がれた酒は飲まねばならない……との謎の信念が働いているだけだ。
「おっ、いける口だね。さあ杏咲、注いであげなさい」
「はい、お父様♪」
改めて注がれるその間、周囲を見るが下座に座る重役の面々は静かに様子を見ている。
「あの……皆様には注いであげないの?」
「主君の娘が注いでは、皆さまが恐縮していまいますので……」
「主君?」
「ああ、凱くんは知らなくても仕方ないな。源グループは元々武家や足軽の集まりなんだよ。徳川政権の末期、《渋沢栄一(しぶさわ・えいいち)》や《徳川慶喜(とくがわ・よしのぶ)》らと《袂(たもと)》を分かち、生き残りを懸けて集まった士族の連合体を母体にしているんだ。重役のほとんどはその時からの家臣の子孫でね。その後を継ぐ者は多いんだ。酪農家として成功した者も多いよ」
「なるほど。しかし、それなら自分が上座にいるのは印象が悪いですね。自分は用務員、無役の下っ端。ですので下座に回るのが常識です。では――」
「ああ、君はいいんだ。なにせ娘の恩人だ。当主の私自ら相手しないと失礼な事は《皆(みな)》も知っているから、気にしないようにしてくれ」
凱は「そんなもんなのか?」と釈然としない気持ちを抱えつつ、接待を受けていた。
宴も進み、凱もそこそこに酒が回ってきた頃、義成が提案をしてきた。
「凱くん。君はさっき下っ端と言ったけど、うちに来る気はないかい? うちとしては君を重役として迎えたいし、その準備もしてあるよ」
「えっ?」
「君は娘の恩人だ、そんな君が下っ端で苦労してるなんて考えられない。うちなら君を侍大将に……」
「侍大将??」
「殿、違います。侍大将は昔すぎます」
「おっといけない。取りあえず課長の席を用意するよ。ゆくゆくは経営に関わって貰いたいと思っている」
凱は身を正しつつ――
「嬉しい申し出ですが、今はお断りさせてください」
「どうしてだい? 自慢じゃないが源グループは笹川や西園寺にも負けない企業だ。そこの課長なら待遇もよくなると思うがね?」
「自分は風星学園の用務員として世話になっております。それを裏切って源グループに移るのは流石に出来ません」
「うーん、気に入った! ならば学園長と交渉してみよう。是非とも、君が欲しくなったよ」
「その必要は無い」
全員が振り向くと、エルノールと瑞姫がいた。
「これは学園長殿、先程の話をお聞きですな? どうでしょう、彼を我が源家に頂けませんか?」
「貴殿が源グループの会長殿じゃな。噂は聞いておりまする。じゃが、今すぐに『はいそうですか』とするわけにはいきませぬ故、この話、一度持ち帰らせて頂きたい」
「外に出し、修行させるのも良いのでは?」
「それも一理ありましょう。彼はわし等の夫になっておりまする。そこな杏咲なる娘は……承諾しますかのう?」
「なんと、魔物娘の、それも学園長と、かの白き竜の娘を娶っておるとは」
「今はまだ竜騎士としての修行をさせ、兄上の可能性を拡げている最中ですじゃ」
「成程。では杏咲が今、白き竜の娘と話しておるようだから、《暫(しば)》し待ってみよう」
義成はそう言って動かない。それはエルノールも同じであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
義成とエルノールが静観の構えを取り、見つめた先では、二人の少女が対峙していた。
「あなたは?」
「申し遅れました。わたしは龍堂凱の妻の一人で、龍堂瑞姫です」
「妻? うーん、魔物娘って結婚適齢期が早いって、本当ね」
「はい。でも、わたしは16になったら、あの人のお嫁さんになると決めてたので、つい先日、仲間たちと籍を入れてきました」
「え!? あなた、私と同い年じゃない!」
「そう、なんですか?」
「私ね、ガイさんに命を救われているの。だから、私は身も心も捧げる、のに……」
落胆する杏咲に、瑞姫は真剣な眼差しで声をかける。
「覚悟は――あるんですか?」
「え?」
「わたしたちと同じ立場の一人になり、いずれ魔物娘になる覚悟が、世界を敵にしてでも戦う覚悟が……貴女にありますか?」
瑞姫が決意のほどを問う。
魔物娘を複数人も娶っている凱の妻に加わる事は、魔物娘になる事。そして二度と人間に戻れない事も
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