ある日の夕方。
黄泉のアパートにアリアが尋ねてきた。
黄泉は一ヶ月前に起きた出来事のせいで塞ぎ込んでいた。
エルノールから休職を命じられるまでに荒れる黄泉を見かねた亜莉亜は、自身がかねてから構想していた計画を実行すべく、腐れ縁の幼馴染でもある同僚がいるアパートに赴き、中に入って声をかける。
「黄泉ちゃーん、話あるのよー。一緒に来てー」
「んだよアリアぁ……ほっといてくれやぁ!」
「んもぉいいからー、あーたーしーとー来てぇー!!」
激しい抵抗を見せられた黄泉は、結局、言われるがまま、地下にあるエルノール・サバトの基地に渋々と足を運ぶ――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――話は、二ヶ月前にまで遡る。
黄泉――本名、依川黄泉華(よりかわ・よみか)は現在、人間の年齢として換算すると28歳である。
けれど彼女は、人間からオーガに変じた魔物娘であり、不老長寿の身。
黄泉は生まれてこの方、恋愛に縁が無かった。あるのは不良との揉め事。
挙句には高校時代に天性の喧嘩の腕前を用いて、小規模の不良グループを彼女一人で潰してしまったほどだ。この不良グループは中流階級や公務員、上流階級の子女で固められていたため、外聞が悪いからと黄泉に口止め料を払い、存在は有耶無耶になった。だが、そのメンバーの中に、後に凱との悪縁を持つこととなる男がいるのだが、それはまた別の話にて語ることになるだろう。
ただでさえ喧嘩と鍛錬に明け暮れる日々を送りながら体育大学を卒業したものだから、恋愛に縁も興味も無く、男に敬遠される黄泉は、オーガになってからはますます「おひとり様」を謳歌するようになってしまっていた。
そんな娘を危惧した両親は、『大事な話があるから絶対に帰ってこい。電話では伝えきれないから』と黄泉に電話で帰郷を催促した。これが、黄泉が塞ぎ込む出来事の発端となる。
*****
黄泉が実家に帰り、夕食も済ませて家事が落ち着いた頃、父親が話を切り出す。
『……お前はもう二十八。このままだとあっという間に三十どころか四十を過ぎて、誰とも結婚できずに一生を終えてしまう。父さんと母さんの一番の願いはな、お前が結婚して、孫を見せてくれることなんだ』
浮いた話の一つも無い黄泉にとって、それは騙し討ちと捉えてもおかしくないものだった。
両親は娘に構わず続ける。
『三十になるまでには絶対に結婚してもらわねばならん。そのために父さん達は縁談を用意してある。できれば今すぐにでも受けて欲しいくらいだ。この五人の中からよく選んで決めてくれ。けどな、相手も気長に待っているわけじゃないし、親戚の中にはお前を嫌ってる奴がそれなりにいる。そいつらがしゃしゃり出てきたら、話がややこしくなる。俺達の顔、潰さんでくれよ?』
黄泉は、翌早朝に実家を抜け出してボロアパートに戻った。
自分を心配する両親――
両親に見合い話を持ってこさせる親不孝な自分――
そんな板挟みの苦しみを紛らわせようと、日曜の昼間であるにも関わらずコンビニで酒類を大量に買い込み、自棄酒しまくるのだった……。
*****
一ヶ月が過ぎようとした頃、両親の危惧は果たして現実のものとなった。
見合いを受けるかどうかの返事すらしない彼女の態度に業を煮やした一部の親戚が、要介護寝たきり舅&超嫁イビリ大好き姑付きバツ15の50代後半豪農長男という超ド級事故物件としか言いようのない男との見合い話を強引に組む暴挙に出た。
この嫌がらせと報復を兼ねた暴挙に、黄泉は咄嗟に「付き合いだした奴いる!」と嘘をついてしまったものだから、事態がややこしい方向に行ってしまったのは無理もないことだろう。
自分を庇いきれなくなった両親の苦境と不甲斐ない自分との板挟みによって、塞ぎ込んだ黄泉は酒量がさらに増え、荒れるようになってしまう……。
――これが一ヶ月前の経緯である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
話は戻り――
黄泉のあまりの荒れようを見かねた亜莉亜は、今がその時と思い立ち、地下基地に黄泉を連れてきた……という訳である。
「はいー、まずはこれで落ち着くー」
会議室に引き入れると、手の持っていた袋からビールと乾物を取り出す。
それらをテーブルに置くと、すかさず亜莉亜は声を上げる。
「実はー、会わせたい人がいるのー」
「会わせたい人だぁ?」
「凱くーん、いいですよー!」
「へ?」
気の抜けた黄泉の声を無視しつつ、呼ばれた凱が入ってくる。
「っ! あなたは……」
「用務員のアンちゃん!?」
互いに驚く、凱と黄泉。
「黄泉ちゃん、実際あれからすっかり酒浸りだよねー。だからー、改めて引き合わせようって思ったのよー」
「おいおい、アンちゃんはおめぇと籍入れてっだろ。それだけじゃねぇ、瑞姫や朱鷺子、マル
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