それはまさに、束の間の平穏の終わりであった。
リンドヴルムの封印が解けたのに呼応したのか、風星学園では反学園長派の動きがより一層活発化し、一部の生徒の様子がおかしくなっているとの報告が入ってきていた。
そんな中、凱は「瑞姫と共に来るように」とエルノールを通じ、デオノーラからの呼び出しを受けた。それは最終訓練を終え、竜騎士となった凱が瑞姫と共に人間界に戻ってから、三ヶ月が過ぎようとしていた日のことでもある。
彼が瑞姫を伴ってドラゴニアに転移し、謁見の間に辿りつくと、デオノーラは意表を突いた言葉を放つ。
「よく来たな、龍堂凱に龍堂瑞姫。下らぬ前置きは抜きだ。龍堂凱、貴様を辺境伯に叙し、我が国の西にあるハイランド辺境伯領を与える。龍堂瑞姫、お前はその妻として、共にハイランド辺境伯領に住むのだ。竜騎士の騎竜となったからには、お前は我が娘も同然だからな」
当然ながら、二人の驚きは察するに余りあるだろう。
半年足らずの訓練で竜騎士となった身で、辺境伯に叙任とはあり得ない待遇である。
ハイランド辺境伯領――
そこはドラゴニアの南西部に位置し、本国に勝るとも劣らない切り立った山々と峡谷を利用した天然の要塞。
また、農作に適した土地が山の頂上や中腹にあり、水資源も豊富。
山や峡谷の下には大小様々な河川があり、地下水を山頂へ汲み上げる方式を取っている。
麓には貿易拠点として中規模の城砦都市が、南には新たに整備中の港町がある。
これらは雲上都市型住居や洞窟型住居への中継基地でもあり、どちらも実質上の砦である。
だが、この地は反魔物国家に程近い領地であった。
そのような地を凱に与えると言うのだから、悪い意味でも驚きだ。
発端はそのハイランド辺境伯領の今の領主が、「結婚生活を重視したいので引退したい」と願い出たことにある。
彼の妻はワイバーンであり、領主自身も竜騎士の一員だったのだが、元来戦いに向かない性格だったらしく、そんな彼が竜騎士になれた理由は騎竜との相性と親和性にあった。
制式装備である誓いの竜槍をそれなりに扱えたのが、男にとってはある意味不幸だったのかもしれない。
追い打ちをかけたのは隣接する反魔物国家・ムーンベリー王国の活発化であった。
教団経由でムーンベリー王国が放った勇者一行の攻撃を受けてすっかり怖気づいてしまい、何の手も打たず真っ先に本国へ逃げてしまったのだ。
ハイランドは急遽駆け付けた第零特殊部隊と第一空挺部隊によって防衛には成功したが、ハイランド領主は敵前逃亡の罪によって辺境伯を罷免された上に竜騎士の資格も剥奪され、裁判の後、竜騎士団を追放された。
そもそも、この領主自身が辺境伯の叙任を左遷と決めつけ、ぼやいていたのも原因の一つだ。
辺境伯は人によっては左遷と取る者もいるだろう。
だが、辺境伯とは本来、敵対勢力の国と隣接する領地を治める者である。
他の地方長官よりも広大な領域と大きな権限が与えられ、一般の地方長官よりも高い地位にある役職である場合が多い。
実際、その地位は侯爵と同等か一段階上で、こと軍事に関しては強い権限を与えられているのだ。
この突然の引退宣言とハイランドの現状に、当然ながらデオノーラは頭を痛めた。
だが、「事態を治めるのに適任だ」として、凱に白羽の矢を立てたという次第なのだ。
昨今の竜騎士の中ではとりわけ異質で、人間に対する敵対心が強いのをその理由の一つに挙げている。
簡単に言えば、「毒をもって毒を制す」だ。
けれど、竜騎士に叙任されたばかりの身の上に加え、自身がまだ人間界でやるべきことが残っている凱にとって、デオノーラ直々の命と言えども、安易に了承出来るものではなかった。
ゆえに、この案件について、妻たちとの綿密な相談をしなければならなかったのである。
「……我々にはまだ、やらなければならない事が残っています。それが片付かないことには……ドラゴニアに来れません」
「そうか。ならば、そのやらなければならない事、早々に片付けよ。もし必要とあらば、そうだな……第零特殊部隊の半分、足りぬなら三分の二を応援に寄越そう」
「え!? 第零特殊部隊を!? そ……そんな、それじゃドラゴニアの守りはどうなるんですか!?」
凱の返答にデオノーラは早期解決のため、第零特殊部隊を応援に出すと言い、これに瑞姫が驚きの声を上げてしまう。
デオノーラは言い返す。
「反魔物国家がすぐそばにある地なのだぞ。当面は第一空挺部隊と残りの第零の者で守らせるが、早めに来てもらわねば困る。それまではアルトイーリスに領主を代行させるが、竜騎士団長である以上、長くは代行させられん。任命した以上、本来は何があろうと来るのが筋というものだ。そのための第零特殊部隊だ。よいな?」
凱はこの言葉に「一度持ち帰り、すぐ協議する」としか返事が出
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