凱が元親族との決別をしてから、一週間が経った日曜日――
風星学園の特別クラス学生寮の寮長室に、龍堂信隆・紗裕美夫妻はいた。
二人は先の瑞姫にまつわるトラブルで会社とパート先を追い出された後、エルノールの計らいで学園の職員として再就職し、今は特別クラスの寮長・寮母として働いている。
丁度、かつての寮母が密かに交際していた男性との結婚が決まり、寿退職して図鑑世界で暮らすこととなったため、渡りに船とばかりに夫妻を職員兼住み込みで雇用したのだ。
義理の父母となる二人を無碍にするわけにいかなかったのが、エルノールの本音だろう。
晴れた昼下がり。
寮生たちの食事の時間も終わった頃、インターホンが鳴り響く。
「はーい」
『お母さん、瑞姫です。お兄さんも一緒だよ』
「丁度手が空いてるから、入っていいわよ。あなたー! 瑞姫と凱君よー!」
疑いも無しに入れたのはいいのだが、訪れたのは瑞姫と凱……だけではなかった。
エルノールを筆頭に朱鷺子、亜莉亜、マルガレーテ、ロロティアも顔を揃えていたからだ。
「あらあらぁ……、学園長までお越しになるなんて……」
「我ら一同、御父上、御母上に御挨拶に伺わねば、と思いましてのう」
寮長室ではすし詰めになってしまうため、食堂に移っての話になった。
非常に丁寧な呼び方をされて困惑する夫妻だが、その答えを瑞姫が明かす。
「お父さん、お母さん。わたし、もう16だから、お兄さんとの婚姻届出すけど……、お兄さん、学園長や一緒に来たみんなとも、結婚することになったの」
娘の言葉に唖然とする両親。
まさか娘のみならず、学園長も含めた五人と結婚することになるのをここで聞かされるのだから、無理もない話だろう。
瑞姫は言葉を続ける。
「お兄さんは魔物化した影響で、ここにいるみんなとも関係を持つことになってしまったの。でもね、わたしはお兄さんと一緒に歩めることがうれしいし、お兄さんが受けてきた傷を、みんなで癒していきたいの」
事態をようやく把握し始めた紗裕美は、努めて冷静に返す。
「言いたいことは、その、何となく分かったわ。それでもね、こんなにたくさんの方々と一度に結婚なんて、ありえないから……ね?」
「御心配は無用。このような書類もあるんじゃ」
エルノールが見せたのは、複数の魔物娘と結婚する男性のために作られた、特製の婚姻届。
配偶者となる魔物娘が十人まで書ける仕様となっている。
人間界では特例の制度として、二年前にようやく認められたのだ。
もっとも、そこに至るまでには人権団体や弁護士団体、保守派議員を中心とした者たちによる反対・抗議運動、妨害活動が相次いでいたのだが。
「瑞姫は兄上にとって、無くてはならぬ大事な伴侶。なれど、兄上にはわしらを引き寄せる何かを持ってしまっておるのじゃ。でなければ、ここまでにはなりますまい」
龍堂夫妻は互いに顔を見つつ押し黙るが、瑞姫が畳み掛けるように声を出す。
「わたしはまだ16。悔しいけど、まだ子供なの。それに、まもなく夫になるお兄さんを、わたし一人が支えられるとは限らない。お兄さんは心に傷を負いすぎてるの。お父さんとお母さんが考えてる以上に……この人の傷は……深かったの……」
さめざめと泣く娘の姿に、夫妻はかける言葉を見つけられない。
「でも……それでも、わたしは……、おにい、さん、と……、大切な……仲間と、一緒に、あるいて、いく」
泣きながら決意を語る瑞姫に、助け船を出したのは朱鷺子だった。
「その……、おじさま……、おばさま……。ボクたちが、大事な未来の夫を……支えるから。瑞姫ちゃんは、ボクたちの大事な……大事な、仲間だから」
「確か、三日月さん、だったね。瑞姫の話にいつも出てくるよ。娘の友達になってくれて、本当にありがとう。これからも、瑞姫の友達でいてくれたら嬉しいよ」
朱鷺子の精一杯の言葉に、信隆が感謝の言葉を伝え、朱鷺子もその言葉に、はにかんだ笑顔を浮かべた。
「この子たちの無事と幸せが、私どもの一番の願いです。学園長を始めとしたみなさん、どうか子供たちのこと、よろしく頼みます」
信隆はエルノールらに向かって深々と頭を下げ、沙裕美もそれに続く。
「承知いたした。我ら五人、家族となって愛する夫と大事な仲間を支え、歩んで行きまする」
エルノールが平坦な胸を張ってどんっと叩くと、周りから笑い声が漏れる。
「な、何じゃぁっ! 何がおかしいんじゃ!」
「うふふ、エルノールさまのお陰で、緊張が和らいだんです。ふふふ」
「説得力が無いわ、ロロ!」
「エル、その微笑ましい仕草ですわよ。うふふ♪」
「レーテまで!」
やいのやいのと騒ぐ魔物娘たちを、凱は苦笑交じりで見つめ、こっそりと安堵の吐息を漏らす。
けれど、それは泣き止んだ瑞姫にあっさりと見破られ、亜莉
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