這い上がる阿呆と堕ち行く阿呆・前編

――龍堂凱はこの世の地獄の片隅を見た人間だった。

周囲に見下され、嘲られ、無実の罪を着せられ、理不尽な暴力を受け、遂には家族と信じた女達に裏切られた。学校でも誰も助けてくれず、それどころか凱へのいじめを学校側が推奨し、周囲はこれを楽しんだ。

それを救ったのは瑞姫を始めとした魔物娘達。
自分に見向きもせず、助けもしなかった者達に救われた事は凱の心をかき乱した。
父をも亡くし、恩師も同然だった薙刀の師範とも別れ離れ。
誰も頼れない人間社会での瑞姫との再会から、運命の歯車は回り出したのだ。

自分を裏切った……いや、正確には初めから凱の存在そのものを認めていない元母と元姉。
凱はこの怪物達と対峙し、決着をつけなければならなかった。

そして、その機会は向こう側からやってきた――

*****

瑞姫にまつわる一連の事件で、凱の所在が知れ渡っていたのは以前語った通りだ。
とある平日の昼、特別クラスの職員室に一本の外線電話が入った。
応対したのはダークプリーストのマリアナだったが、凱を出して欲しいと言う女性の声に「ここにはおりませんが伝言はできますよ」と返すと、女性はマリアナに伝言を要求し、その内容を伝えると一方的に電話を切ってしまう。
訝しく思うマリアナではあったが、彼女は伝言の内容を記したメモを携えて学園長室へ向かった。

メモを受け取ったエルノールは他言無用と念押ししてマリアナを帰すと、すぐに凱を呼び出す。

数分後、エルノールの下に来た凱にメモを渡し、意味を問うた。

メモはこのように書かれていた。

―――――

父の遺産について大事な話がある。
今週末の23時、横浜の関内(かんない)駅近くにあるホストクラブ「ドリームダイヤ関内店」に一人でこい。

店に入ったら「越前(えちぜん)さおりに呼ばれた」と言え。
案内させるように当日伝えておく。

警告しておくが、お前に拒否権はない。
協力者を同行させたら、その場でお前は逮捕かリンチだ。
サツはこっちの味方だからチクっても無駄だ。

―――――

それは奇しくも先日の朱鷺子宛ての手紙と似ていたが、凱は書かれた人物の名に青筋を浮かばせる。

「あのクソアマァ……」
「兄上、落ち着くんじゃ、敵の術中に嵌まるだけじゃぞ。朱鷺子の時のお主を思い出せ」

努めて凱を宥めるエルノールではあったが、過去を知っているだけに彼女自身も心中穏やかではない。だが、「協力者を同行させたら」の文を目にしたエルノールは、何故か口角を上げる。

「ほうほう、そうか。ククク……、良い案が浮かんだぞ」

顔こそ笑っているが、目が全く笑っていない。
そんなエルノールの姿に、凱は憎き女と会う事以上の恐ろしい何かを感じずにはいられなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

当日――

エルノールと瑞姫は「用事があるから」と昼には煙のように姿を消していた。
ロロティアやマルガレーテも理由は何も聞いておらず、朱鷺子も瑞姫にはぐらかされたまま。亜莉亜は職員室で残務処理に追われていたので、二人が出かけた事自体把握していない。
凱も瑞姫に念話を送っていたが、遮断されているようで音沙汰を確認出来ない。
そうこうしている内に夜となり、凱は指定されたホストクラブに出向かねばならなかった。

*****

22時――
凱はそれなりのカジュアルな服で関内駅に降り立った。
週末だけあって、この時間でもかなりの賑わいだ。
男達は居酒屋やキャバクラを渡り歩き、カップルは洒落たレストランで食事し、女達はホストクラブで浮かれまくる。
凱の目にはそんな人間達が、金と酒と色に踊り狂う猿の群れに見えて仕方がなかった。

ため息をつきつつ財布からメモを取り出し、指定された店の場所を確認する。なお、財布には20万円入っており、日中にあらかじめ引き出しておいたものだ。
財布とメモをポケットに突っ込むとかなりの速足で歩き出し、およそ10分少々でドリームダイヤ関内店の前に辿り着く。

「……ここか。趣味悪そうなカッコしてんなぁ、どいつもこいつも」

店の前にあるパネル、つまりホスト達の写真を見て、凱は思わずぼやいてしまう。すると、それを聞きつけたのか店のドアが開き、美形なれど派手派手しい服とアクセサリーに身を固めた男が、凱を睨みつけながら話しかけてきた。

「おい、うちの自慢のホストを趣味悪いだと? お前、いい度胸だな」
「ほう? テメェ、ここの犬か」
「……ケンカ売ってんのか? お前――」
「あら? もしかしてあの方じゃない?」
「そうだわ、間違いない。あの人!」

犬呼ばわりされて凄んだホストと臨戦態勢の凱を、女の声が遮った。
凱とホストが声のした方に目を向けると、女性が二人立っている。
一人はやや茶色の髪にゆるふわな雰囲気のウェーブロング、豊満な肢体を持ったパンツ
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