エルノールは最近、悩みを一層深くしていた。
孤児院としての役割しか果たしていない現状のままでいいのかという事に加え、学園自体にも反抗勢力が現れ、力をつけ始めている事に頭を悩ませているところに、最近、急激に退学届が増えてきていたのだ。
明確な理由を書かず、告げず、ただ「退学させて下さい」とだけ。
中には親も同伴で土下座までして退学させて欲しいと懇願した生徒までいた。
その殆どが男子生徒だが、やはり明確な理由を告げない。親の仕事の都合ならいざ知らず、そんな気配も無い以上、「理由をはっきりさせなければ退学を認める事は出来ん」と引き止めるのが限界だった。
かと言って監視を強化しようものなら、却って反対勢力に勘付かれる為、対象全員に行き届かせる事も叶わず、結局、逃げるように学園から消えた者が僅かにいる。
それも一家揃っての夜逃げであった。何者かの脅しに屈してしまったであろう事は明白だ。
このままでは学園だけでなく自分のサバトまで潰されかねない――
そんな内憂外患の危機に直面したこの時、凱が危なげながらも竜騎士としての叙任を終えて帰ってきた事は、彼がサバトの更なる力になるのをエルノールに確信させた。
こじつけにも等しいが、それに縋るしかないのが現状だった。
一人でも多くの力と賛同者が彼女には必要だったのだから。
だが、エルノールにとっては退学希望増加の原因究明が喫緊の課題だ。
以前に派遣して貰ったクノイチ部隊を使う事も考えているが、自分の部下でない以上、無理をさせられないと彼女は思っていた。
初代ことバフォさまからも「クノイチ部隊を帰還させなければならなくなるだろう」と昨日連絡が来たばかりなのだ。
何時までも派遣させたままでは、不満が出てもおかしくはない。
理想の伴侶を見つけた者も数人はいるが、それでも一度帰すべきと判断せざるを得なかった。
しかし、かねてから密かに進めていた二つの計画が予定より早く完了した事を受け、エルノールは風星支部の全構成員を緊急招集し、こう宣言したのだ。
「我等風星支部は、本来の名に戻る。【エルノール・サバト】とな! そして、我らは変わらねばならぬ! 己の身を守るのみならず、弱者を虐げる外道共と戦う為に! 我がサバトが掲げるは――『魔術と武術の融合』じゃ! 不服ならば他のサバトを見つけ、移るが良い。わしが取り計らう」
武術と魔術の融合――
自分の身を、自分達の居場所を守る為に。
学園を始めとした至る所に蔓延り、弱者を虐げて楽しむ悪漢達と戦う為に。
エルノール達は変わらなければならないのだ。
「また、これに伴い、我がサバトの拠点を風星学園地下に移す! 全ての資材をそこに運び込むのじゃ! 全ての物を運び終えたのを確認次第、わしが元の場所を一時封鎖する」
移転を構成員達に通達し、即時かからせる。
移転は一週間も経たずに終え、殆ど何も無くなった今までの支部を一人見回る。
何もない、けれど全ての始まりだった場所――
何もないが故に艱難辛苦を強いられた場所――
身寄り無き少女達が親と慕ってくれた場所――
凱と瑞姫を運命と共にサバトへ導いた場所――
凱と愛の契りを結んだ、忘れられない場所――
人間界に来た時からの出来事が走馬燈のように脳裏を駆け巡る。
目を閉じると、頬に一筋、また一筋……涙が溢れ、止まらない。
それでも、涙の止まらぬ目を開き、魔法を詠唱する。
「我が地よ、今暫し、その扉を固く閉じよ」
またこの場所を使う事になるだろうとエルノールは思っていた。
下手にこの場所を土塊に帰す事は、今の段階では出来なかったのだ。
「今ひと時、眠ってくれ……、わしの、思い出の場所よ……」
静まり返った通路を涙も拭かずに歩きながら、エルノールは長い時を過ごした場所にひと時の別れを告げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二日後、夕刻の学園長室でエルノールが一人物憂げに椅子に座っていた。
彼女の心は浮かなかった。思い出深い場所を自らの手で封じたのだから無理もない事だが、それに追い打ちをかけるように退学届続出の主犯として高等部の四人の女子生徒の名が浮上していたのだ。
彼女達は多額の寄付金と親の権威を盾に、最近かなり横暴な振る舞いが目立って来ていた。
奇しくもそれは退学届が続出し始めた時期と重なっていたのである。
「証拠があっても、親が握り潰す――か……。厄介な相手じゃわい」
攻める為の決め手があっても、それを親が権力と財力で握り潰すのだ。いくらこちらが力を持っても、相手が日本でも有数の大企業総帥だったり資産家である以上、社会的な信用は圧倒的に相手の方が上だ。
迂闊に攻めればこちらが潰され、サバトの財産の全てを損害賠償か慰謝料として毟り取られるに違いない。
そしてそれこそが相手の最大の目的であろう。ならば目標を絞り
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