封印解かれし時

フロゥが凱達の一行に加わってからも、凱と瑞姫は第零特殊部隊の苛烈な指導の下で少しずつ力を付けていった。
予てから集めていた爪や鱗で竜魔笛の作成を依頼したり、結婚首輪ならぬ婚約首輪の準備までしたり、と二人の身辺は俄かに忙しくなり出し、休暇組の五人もそれをそっと支えるスタンスで見守る。
そうして一週間は瞬く間に過ぎ、エルノール、亜莉亜、マルガレーテ、ロロティアの四人は、朱鷺子をドラゴニアに残留させて風星学園へ戻った。

凱と瑞姫は「筋がとても良くなってきたが、あと二ヶ月くらいは必要だ」とアルトイーリスに言い渡され、今暫くドラゴニアに残留する事になる。
実はアルトイーリスは裏でデオノーラと繋ぎを取っており、凱と瑞姫の訓練についての進捗状況を報告していたのである。そうして、竜騎士叙任には最低でもあと二ヶ月はかかるだろうと判断したのだ。

朱鷺子は「教える相手がいないと暇を持て余すから」とエルノール達四人に押し切られてドラゴニアに残り、邸宅で厄介になっている。
凱は訓練疲れをおくびにも出さず、瑞姫や朱鷺子、フロゥに料理をふるまう。もっとも、フロゥは器用に少量だけ取り分けて食べた後は避けてしまい、朱鷺子を介して少なくしてくれと頼んできたので、フロゥにだけは少量にするようにしていた。

三人と一頭の生活が始まってから二日後、朱鷺子はふとした好奇心から単身で竜の墓場へ赴いた。
何故と言われても明確な理由は無い。好奇心の赴くままなのだから、冒険と言っても良いかもしれない。
確かに彼女にしてみれば、どうして古代の竜達が眠る場所に狼が封じられていたのかという奇怪な謎があるし、朱鷺子自身にしても興味の赴くままにドラゴニアを散策したかっただけなのだから。
その竜の墓場ではドラゴンゾンビ達がまばらではあるが、人虎が何をしに来たのか、と不思議そうに見ている。肝心の朱鷺子はそのような視線は意にも介さず、どんよりとした空気が漂う竜の墓場をのんびりと眺めるだけ。
フロゥと名乗った不可思議な獣が狼の姿であるにもかかわらず、何故このような場所に封印されていたかに対しても興味がない訳ではない。けれどそれを語るのか疑わしい、という疑念も一方ではある。

その時、背後から近付いてきた気配に朱鷺子は一気に警戒度を引き上げ、構えを取る。
だが、その正体はフロゥだった。フロゥはスタスタ歩いて朱鷺子の前に来ると唸りながら呼び掛ける。

『オマエニ渡ス物ガアル。両の掌ヲ上ニ向ケ、我ノ方ニ出セ』

言われるがままに朱鷺子が何かを受け取る態勢で手を出した瞬間、フロゥの背中にワームホールが口を開け、球状の何かが勢い良く飛び出すと、示し合わせたかのように朱鷺子の両の掌に収まる。
白色と琥珀色のマーブル状の色彩を持った球はほのかに脈打つかのようであった。

『――コハクロウ』
「……え?」

突如言われた不可解な名前に朱鷺子が困惑するのに対し、フロゥはお構いなしに続ける。

『琅(ろう:真珠に似た美しい石)タル琥珀、ト書イテ「【琥珀琅(こはくろう)】」。遥カ古ニ作ラレタ物ノヒトツダ。ソレニ精神力ヲ込メテミロ』

朱鷺子はまたも言われるがままに、己の精神で両手にある球に念じるように込めた。
するとヴォウン!と音を発して彼女を驚かせた刹那、球がまるで意思を持ったかのように蠢く。
間髪を入れず球の形が一瞬にして崩れ、琥珀石が胸元にあしらわれた白い旗袍(チイパオ:俗に言うチャイナドレス)が目の前に現れ、再び朱鷺子の手の中に抱かれる。

『ソレハ、オマエヲ主ト認メタ。オマエノ衣トスルノダ』

衣からは虎の力が脈打っているかのようだった。
それは主を待っていたかのような、歓喜であったのかもしれない。
けれど――

「え……っと……、ここで……、着る、の?」

少なくとも、朱鷺子はここで着替えろと解釈していた。それにフロゥが返す。

『……我ノ背ニ乗レ。館ニ送ルカラ、ソコデ着替エロ』

フイッと尻尾を向けながら翼を展開し、乗るように促す。
朱鷺子もそれに従ってフロゥの背に乗ると風を切るように邸宅に辿り着き、宛がわれた部屋で琥珀琅を再び手に取ると、琥珀琅は光で作られた帯のような形に分解してしまう。
驚くのも束の間、帯は朱鷺子の胴体を包み込み、彼女の体に琥珀琅が纏われた。
更には今まで無地だった衣の上に虎の絵が浮かび上がり、胸元の琥珀石が嬉しさを表現するかのように輝き出す。

「……凄い。これが、琥珀琅の……力……」

身体の奥底から力が湧き上がるのを朱鷺子は感じていた。
それは彼女が温めていた技の開放を意味していたが、その力を振るうのはもう少し先の事となる――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

凱と瑞姫が訓練から戻ったその日の夜、朱鷺子はフロゥに促されて二人と対面していた。
彼女の話によるとフロゥが凱に渡したい物が
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