いざ、ドラゴニアへ

季節は流れ、秋を迎えた風星学園。

婚約を済ませ、挙式を上げるのを待つ魔物娘達とその夫となるインキュバスが住む特別寮は周囲の変化に流される事無く、ゆるやかに、けれど小さな幸せをこつこつと築き上げていた。

その中で大きな変化もあった。
瑞姫が竜化に成功し、凱を軽く乗せられる大きさとなっていたのだ。
瑞姫は早速、自分の背に乗って貰うよう凱を促し、彼もこれに従う。
けれど、初めから上手く行けば苦労は無いもので、いきなり飛ぼうとして、凱を振り落としてしまうところだった。
かなり落ち込んだ瑞姫を心配したエルノールは早速、学園長室に赴き、初代を通して竜皇国ドラゴニアと繋ぎを取る事にした。

ドラゴン属が伴侶を乗せて飛んだり走ったりする訓練となると、人間界では出来る者がいない。
何より、姿が目立ち過ぎる瑞姫では竜化して飛ぶ姿は余計に目立ってしまうだけなのだ。
およそ一時間後、学園長室で待機していたエルノールは大鏡の唸りを即座に聞きとる。
初代からの直接連絡だからだ。

「初代様、お呼びでしょうか」
『うむ。そちが要請したドラゴニアの件じゃ。瑞姫の事はデオノーラも知っておった。いたく興味を持っておったぞ』
「おお、では!」
『あの二人をドラゴニアに向かわせよ。デオノーラは首を長くして待っておるそうじゃ』
「となると特別寮の運営は?」
『当分はマルガレーテと、ロロティアとか言う者達に任せれば良いではないか。それに会えん訳ではあるまい?』
「へ?」
『……二人の訓練の邪魔にならなければ会うのは咎めんと言う事じゃ。休みの日に特別寮の皆を連れて、ドラゴニア観光をするのも良かろう?』

間の抜けた返答に初代は呆れながらも答える。

「そ、そうでありました。わしとした事が……」
『良い良い。まずはすぐ、二人に報せよ。向かわせる日取りとドラゴニアでの手続きもあるでな』
「了解しました。すぐに話し合って参ります」

通信を終えたエルノールはすぐさま凱と瑞姫を呼び出し、研修と訓練の為にドラゴニアへ行くよう通達する。

「ドラゴニア……?」
「????」

二人は初めて聞く言葉に首を傾げるばかり。
最初から教えねばならぬか、とエルノールは言葉を発する。

「最強のドラゴンにして女王である「竜女王」デオノーラが治める国、それが竜皇国ドラゴニアじゃ。巨大な霊峰の斜面を利用した山麓国家で竜の王国、竜の楽園とも呼ばれておる。じゃが、わしは実際に行った事が無いでな、竜の魔力に満ちた唯一の国である事しか知らん。ともあれ、お主らに今必要なのは『人竜一体』の一糸乱れぬ連携。ドラゴニアにはその為に必要な全てが揃っておる」

エルノールの説明に凱は暫く黙っていたが、己に課せられた何かを感じていた。

「分かりました。自分に必要となるなら……!」

凱は肯定し、ドラゴニアに行く意志を示す。
一方の瑞姫は――

「わたしにそれが必要なら……行きます。わたしには……お兄さんがいてくれるから」

凱に対しては唯々諾々と言わんばかりの瑞姫だが、彼を心の底から強く信頼し、愛しているが故の返事でもあった。
瑞姫はつい最近、エルノールの許可の下、未だに諦めようとしない求婚者達全員を区民センターに呼び出し、怒りを露わにこう言い放ったのだ。

――わたしには幼い頃から将来を誓い合った婚約者がいます! だから、彼と父親以外の男なんか大っ嫌いっ! むしろ何の興味もありません!――

明確な嫌悪を突き付けられた求婚者達はショックのあまり硬直したり、花束や指輪を取り落として茫然としたり、泣き出したり、過呼吸を起こしたり、卒倒したりで区民センターは阿鼻叫喚の場と化した。
まさに「轟沈」と呼ぶに相応しい惨状を知らされ、面目を丸潰れにされた親達の怒りは大爆発。
瑞姫を力ずくで息子の嫁にすべく抗議の電話やメール、投書を送り付け、挙句には弁護士やヤクザまで送り込んで来たのだ。

エルノールはこれに対抗してサキュバスとアヌビスの弁護士を雇い、理路整然かつ粛々と片付けた。
この過程で凱の悪評を流していた者の素性まで明らかとなったが、エルノールは真犯人をすぐに潰す事を選択しなかった。
首謀者を潰した所で、同じ情報を持っている者が後釜に就けば、同じ事を繰り返すだけのいたちごっこに過ぎないからだ。

「よりにもよって、あの学校が絡んでおったとは……。あのまま黙って退くような奴らじゃなかろうな」

先に手を出せば相手の思う壺。出方を待つしかない――と判断せざるを得なかったのが正しいと言えるだろう。
ともあれ今は凱と瑞姫の二人をドラゴニアへ送り、然るべき力を身に付けさせる事が先決だった。

三人で話し合った結果、五日後に凱と瑞姫をドラゴニアへ向かわせる事となった。

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着替えと生活用具だけの軽い荷作りを終え、
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