メイドが求めていたもの

歓迎の食事会の翌日から、ロロティアは特別寮の専属メイドとして働いていた。

その技量は洗練されており、寮の清掃もそれほど時間を掛けずに終えている。
比較するなら、凱の技術は生きる為に本やネットを見て身に付けた我流の技術、対するロロティアは専門機関で身に付けるべくして身に付けた技術だ。
いずれにせよ、彼女のお陰で凱の負担が減ったのは事実。

二日後には午後の空き時間を利用し、風星支部の構成員達に料理や菓子作りの教室を開く余裕が出来ていた。
ロロティアは物陰から凱の背中を見つめていたのだが、当然ながら気配は凱に勘付かれてしまう。

「ロロティア……、さん?」

少し恥ずかしげに俯く彼女だったが、すぐに凱の前に姿を現す。

「私にも、その、教えて……欲しいんです」
「え、あ、うん。いいですよ?」
「それとお願いが――」

教えを乞うのと同時に願いがある、というロロティアの言葉を凱は待つ。

「私の事は、ロロティア……と呼び捨てにして下さい。私はご主人さまに仕える身ですから、丁寧な言葉も要りません」
「……それで、納得して貰えるなら…」

釈然としない気持ちを抱えつつ、凱はロロティアの願いを聞き入れた。

触れる物、作り上げていく物――
殆どを魔王城の中で過ごしたロロティアにとって、当たり前である筈の物全てが新鮮な物に映る。
魔王城には各地から取り寄せられる食材で溢れかえっており、それらは事務的に処理されていくと言っても良いだろう。
だからこそなのかもしれない。

自分達が触れる物に改めて触れる事で、どんな物かを自ら知る意欲が溢れて来るのだ。
メイドだけあって、ロロティアの習得速度は驚嘆に値するものだった。

出来上がったお菓子は持ち帰るかその場で食べるかを選ばせていたが、参加している支部構成員は皆、その場で食べる事を選択した。
お茶や紅茶、希望する者にはジュースも出し、賑やかな午後のひと時が過ぎて行く。
当然ながら瑞姫の愚痴はその度に増えるが……。

夕食後、凱はロロティアに頼まれ、レシピノートを貸した。
人間界で食べられる様々な料理の数々をロロティアは熱心に読み漁り、しかもノートの内容を自分流に書き写し始める。

だが、高校時代から換算して五年もの歳月をかけて書き上げたノートは10冊近くあり、これを一晩で書き上げるなどとても出来ない。
ロロティアは全ての仕事が終わった後、夜の時間帯を使い、それこそ寝る間も惜しんで書き写した。
時折休みを設けつつも睡眠不足に悩まされ、完全に写し終えるのに四日をかけてしまう事になったのだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ノートを写し終えた日の、更に翌日の朝――

ロロティアは欠伸を噛み殺しながら、寮内の掃除を終える。
昨夜は何故か眠りが浅かった。
三度、いや、四度も目を覚ました。
普段着同然に着こなす和服とメイドエプロンを組み合わせた姿は特別寮に住む者達にとって、最早お馴染となっている。
ロロティア本人が選んだ以上、皆それに口を挟む事はしない。
彼女は溜息をつきつつ自室を出た所で瑞姫と鉢合わせになった。
瑞姫は少し驚くも、ロロティアが切り出す言葉を受け止める。

「瑞姫さま、ご主人さまはどちらに?」
「お兄さんは今日仕事が休みだから、寮の前の庭にいるかもしれないですよ?」

瑞姫は自分の口臭を気にしているかのように口を押さえながら言った。
胃の腑に流し込んだ精液の臭いが込み上げてきているのではないか、と思って取った咄嗟の行動なのだが。

「では、そちらに行ってみますね」

言うと同時にロロティアは外に出て行く。
瑞姫がロロティアに、何の用事があるのかを聞こうとした矢先に、だ。
気付かないままに足早となっていたロロティアが出てみると、凱の姿がそこにあった。
彼は鍛錬を終えて、着替えの最中だった。

ご主人さまは……戦士なのですね、とロロティアはうっとりと凱を見つめた。
彼女にとって、凱は主であるマルガレーテの夫となる人間である以上に、自分の中で大きな存在となっていた。
真に仕える主とメイド、これが人間のルールに則れば完全に「禁断の関係」。
「メイドは家人(仕える家の人間)と恋愛をしてはならない」という暗黙のルールを敷いている家も多かった。
メイドを雇い入れる家の大半は高い地位、つまりは貴族位を持つ家だからだ。

だが、魔物娘にしてみれば主人とメイドという関係も愛し合う上でのフレーバーにしかならない。
だからこそ、ロロティアは凱に対する恋慕を早くも募らせている。

凱の体は引き締まっていた。
身長も平均の域を出ており、筋肉も相応に付いている。
だが、そこで止まる身体では無いだろう事を、彼から流れる気が物語っていた。

「――ん?」

凱は上着を着終えると、気配に気付いたのかロロティアに向き直る。
彼女の目を少
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