雨の降っている夜だった。
いつものように、仕事を終えて帰宅している最中だった。
愛用の番傘で、嫁に持たされた脇差しが濡れない用にしながら
嫁の待つ我が家へ向かっていた。
少し、草履が濡れて不愉快だ。
早く帰って、暖かいご飯が食べたい。
少し急ぎ足になって、角を曲がる。
そこで
絶世の美女を見つけた。
先に言い訳しておこう。
うちの嫁も美女ではある。
しかし、うちのはちんちくりんでどちらかと言えば可愛い方に属するものであって、
このような「美しい」と表現する部類ではない。
決して悪口ではないが、うちの嫁はこんな雰囲気を持っていない。
しかも、目の前の美女は傘を差していない。
当然、全身びしょ濡れで・・・なんというか、厚くない着物がぴっちりと肌に張り付いているわけで、
非常に官能的である。
しかも、あろうことかその美女はこちらを向いて、慎ましく微笑んだのだ――
閑話休題
「それで、のこのこと連れ帰ってきたの? この僕が家で君の帰りを今か今かと待ちわびていたのに?」
さて、現状をとてもわかりやすく説明しよう。
説教中である。以上。
「いや・・・その、なんと言えばいいのか・・・」
「――ん、んぅ」
もう一つややこしくなる要因を付け足すとすれば、憑いてきた(誤字ではない)美女がくっついて離れないと言うことだろうか。
「そもそもだよ? なんで僕というものがありながら――――(略」
しばらく説教は続きそうである。
それよりも先にこのくっついて離れない美女を引き剥がすべきではないかと思わなくもないのだが、
そもそも、説教中に発言を許してくれるほど、うちの嫁さんは甘くはないのだった。
どこかネジを締め間違えてる気がして仕方がないのは、気のせいということで勝手にまとめておいた。
「――ん、ぅ?」
嫁の説教を半分聞き流しながら、くっついて離れない美女の方に目をやる。
嫁が言うには、ぬれおなごと言う妖怪の一種らしい。
嫁も刑部狸と言う妖怪なので、そこは別に気にするところではないと思う。
玄関から部屋まで、足元を水浸しにされた事で、嫁の怒りが増しているのも気にしないことにした。
それよりも気になるのは、その顔立ちである。
雨の中で見たときは、慎ましく気品のある女性に見えたが・・・今見てみると懐いた猫か、あどけない子供の用にみえて仕方がない。
何か、こう・・・こみ上げてくるものが無いでもない。
整った顔立ちをしている、美しい顔立ちにあどけない雰囲気は実に可笑しな組み合わせである。
しかし、どうもそれを見ていると落ち着かない気分になってくる・・・。
まるで・・・誘われているような・・・。
ふと、さっきまで聞こえていた説教が、静かになっていることに気がつく。
「・・・ずいぶんと、良い雰囲気だね。」
見つめ合っている様に見えたのだろう、嫁は暗い笑みをその顔に貼り付け、ドス黒いオーラをまといながら、こちらに近づいてくる。
どうしてだろう、その一歩一歩がとてもゆっくりに感じられる。
ふと脳内に、走馬灯と言う単語がよぎった。
これはもうダメかもしれない。
「見せつけてくれるのはいいんだけどさぁ、君のお嫁さんはこっちにいるよねぇ?」
言葉一つが発せられるたびに、部屋の温度が下がっていく気がする。
「こ、これはそういうことではなくて・・・」
ずい、と嫁が姿勢を下ろして正座している膝の前で、膝立ちになる。
「ヒモ生活が嫌だっていうから、仕事場を紹介してあげたんだよ?」
彼女の肌が、胸にしなだれかかってくる。
「それなのにさぁ・・・別の娘に鼻の下伸ばして、流石に酷いんじゃないかなぁ」
未だに着替えさせてもらっていない、濡れた服の冷たさの上から、人肌の暖かさが伝わってくる。
「そんな事しちゃうんだったら、もう家から出してあげないよ?」
首筋を、ペロリと舐められる
背筋にゾワゾワとしたものが走るのがよくわかる。
「いや・・・それは・・・」
「それは、何? 別にいいよね、僕が養ってあげるから・・・起きてから寝るまで、ずっとお世話してあげるよ」
「流石に、なんというか・・・情けないというか・・・」
「そんなプライド捨てちゃいなよ・・・僕がちゃんと幸せにしてあげる」
ヒヤリと、彼女とは別の角度から、体に冷たさが加わる。
「んー」
ぬれおなごが、まるで競う様に体を密着させてきているのだ。
それに気づいた嫁は、また一層強く体を押し付けてくる。
「・・・ねぇ、君のお嫁さんは僕だよね?」
「お、おう・・・」
「じゃぁ、僕が一番だよね?」
「あ、当たり前じゃない・・・か」
今度は首筋に、冷たいものが当たる。
「ん、たし、いーばん」
喋った!?
いや、何言ってるのかさっぱり分からないけど、なんかすごく批難され
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