彼だった過去と、彼女の今

いつからだっただろう・・・僕が彼にその感情を持ち始めたのは
始めは憧れだったんだ
   次に尊敬
     その次は信仰
        今は、崇拝してすらいる様に思う

初めて会った時の事は今でも鮮明に思い出せる
あれは――僕たちが幼稚園のキリン組にいた時
僕は嫌われていた、同じ組の子供と、両親に
いらない子供だった言われた、邪魔だと言われた
同い年の子供は、それを意味も知らずに笑った
笑って、僕を遠ざけた

和やかなはずの幼稚園で、僕の存在は浮いていた

それを、彼は当たり前の様に助けてくれた

始めの挨拶は、脇腹への見事な蹴りだった
部屋の隅っこで茫然と立っているだけだった僕に、いきなり近づいてきて思いっきり蹴りをいれた
今でも、あれが幼稚園児の蹴りだったとは思えない
僕はバランスを崩して、そのまま壁に頭をぶつけた
正直、泣きたいくらい痛かったが・・・それ以上に怒りが湧いてきた
いくらなんでも、理不尽過ぎた
いきなり、顔だけしか知らない様な子に蹴られたんだ・・・怒ってもいいと思う
僕は涙目になりながら彼に言った

「何するんだ!!」
「ん? あいさつ」
「そんなあいさつないよ!!」
「お前みたいな馬鹿には、これくらいの挨拶がちょうどいいんだよ」

幼稚園児とは思えない、しっかりと舌の回った発音
そこだけ切り取られたような、異質な雰囲気が・・・僕にそれ以上の発言を許さなかった

「どいつもこいつもさぁ・・・馬鹿すぎて話になんねぇよな」
「は?」

いきなり、何の話をしだすんだろう・・・・・・よく分からない

「こんなどこにでもいるような奴、自分と違うからってどうして相手にできねぇんだろうなぁ・・・・・・と思ってさ」

「まぁお前にも問題はある、いつも菌類みたいに部屋の隅っこでボーっとしやがって」

「自分から行動しねぇと、何も変わらねぇことくらい分かれ馬鹿」

不思議と・・・胸の内にあった怒りは無くなり
代わりに、よく分からない・・・・・・彼になら、自分の気持ちがわかるんじゃないかという気持ちが湧いてきた

「ねぇ・・・きみは・・・?」
「僕? 僕は七塚 遊」

・・・・・・一人称「僕」の割に、ずいぶんと暴君な性格をしているな
それが、彼名前を知ったときの感想だった・・・名前関係無いけど

「それで、お前は?」
「ぼくは・・・くじょう なつか」
「おー、女みたいな名前だな」

それが、彼が僕の名前に出した最初の感想だった

それから、彼を心配そうに見ていたワーシープの子が来て
僕らは友達になった







それから、僕が彼に両親の事を離したのは・・・年長のゾウ組になってからだった
彼の対応は至ってシンプルで、文句のつけようが無い程に殺伐としていた

「お前、やっぱり馬鹿だろ」
「・・・え?」
「両親に必要とされてない? だからどうした」
「・・・・・・・・・え!?」
「お前は両親には必要とされてないかもしれねぇけどな、僕と彩良はこれでもお前を大事に思ってるんだ、自分を認めてくれない奴なんて気にするな」
「あ・・・・・・」
「少なくとも、僕はお前が必要だと思ってる、話相手にしてて楽しいからな」
「・・・・・・はは」
「そうそう、笑っとけ、そっちの方が絶対に楽しいから」

それから僕は、柔道を習い始める
理由は二つ、出来るだけ両親といる時間を減らす事と、僕を認めてくれた彼を・・・守るため
結局、僕がどんなに頑張っても、彼は僕が守る必要なんて無い程強かったけど







それから飛んで、僕が彼の変化に気づいたのは小学校卒業の間近だった
魔物娘がこの世界に爆発的に増え始めた頃から、彼は変わった
何があったのかは知らない、だけど僕から見ても明らかな程、彼は変わった
僕の知ってる暴君の彼じゃなくなった
強きな笑いが消えた、横暴な行動が無くなった、時折見せる楽しげな笑顔を・・・見せなくなった
いつも誰かの上にいて、いつも皆を引っ張っていく存在だった彼は・・・いなくなった
彼から、その暴君な性格を取り除いたら・・・癖になりそうな甘ったるい優しさだけが残った

僕は、彼を元に戻したかった
それは、エゴに塗れた願望だった
僕を変えた彼が、ここまで変わるのが許せなかっただけだ
結果的には・・・無理だった
僕は、あまりにも彼の事を知らなさすぎたんだ
彼の傷を知らないのに、それを治すのは無理だ

彩良も、彼女は彼女で頑張ったみたいだけど、結果は同じ
幼馴染の僕たちですら知らない所で、彼は深い傷を負っていた
・・・・・・どうしてか、僕にはそれが気に入らなかった







それから、高校1年での事件
僕は、食材の買い出しの帰りに・・・魔物娘に襲われた
相当魔力の強い魔物娘だったらしく・・・僕はほんの数時間でインキュバス化させられた
・・・・
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