ある貴族とお守りと交錯する思い

 次の日の朝。

 洞窟から出て空をを眺めると、天気は完全に晴れとなっていた。
 雨の残した痕として水溜まりやぬかるんだ地面、それに草葉の上にたまった雫が光を反射していて、シーフォンは思わず目を細める。
 隣で彼にぴったりと寄り添うタマノもまた同じような反応をした後、彼の服を少し引き、顔をこちらに向けさせて唇を軽く合わせた。

「おはようのキス、というやつじゃ」

 言ったタマノの顔は真っ赤になっていた。
 今さらこんなことで、というような気もするが、彼女にも彼女なりに恥ずかしさの感性があるのだろうと勝手にシーフォンは納得する。

「そんなに恥ずかしくなるなら、やらなきゃいいだろうに……」

「い、いいんじゃ。……これから、慣れるんじゃからの!」

 言ったタマノの可愛さにシーフォンは不覚にも叩きのめされた。
 なのでぶっきらぼうに口付けを返し、手を伸ばしてタマノと手をしっかり繋ぎ、指を一本一本絡めていく。
 そして、

「さあ……、行くぞ」

 と促した。
 応答として、微かにタマノが繋いだ手を握り返してくるのを、シーフォンは感じた。
 


           ******



 しばらく歩いて、そろそろ少し休憩でもしようかと考えていたシーフォン達の足下で、……何かが跳ねた。
 見るとそこには小さな石のようなものが。
 赤く、しかしどこか黒ずんでもいる鉱石のようなそれは、チカチカと明滅を繰り返している。

「なんだ、コレ……?」

「……っ!? 駄目じゃ!! よくわかりんせんが妖力を感じんす……ぬし様っ!!」

 不用意に近づいたシーフォンにタマノが抱きつき、覆い被さる。
 その瞬間、明滅していた鉱石の光がいっそう増し、弾けた。

「くぅ……っ!? 何て威力なんじゃ……!! 防御の結界を張るだけで力がすっからかんじゃ……っ!!」

「くそ……っ! タマノ!!」

 巻き起こる破壊の渦の中で、タマノはしばらく踏ん張ったあと、渦の終息と共にぐったりと倒れ臥した。

「タマノ!? 大丈夫かっ!?」

「はっ……、はぁっ……! 怪我こそしとらんが……、妖力が尽きんした。それよりぬし様こそ、大丈夫かや……っ?」

「俺は大丈夫だが、くそ……っ、また護られてしまった……! 情けない、俺が……俺が護るって決めたのにこのザマか……!?」

 声をあげて嘆くシーフォンを、タマノはゆっくりと、力無くだが確かな温もりと愛情を込めて抱き締めた。

「いいんじゃ。気にせずともよい。それは……いいんじゃ……」

「タマノ……!」

 しかしその次の瞬間、聞き覚えのある声がシーフォン、タマノ、二人の耳を震わせた。

「ほう……、今の魔力爆弾を防ぎきったのか……。よく頑張った、と言いたいところだが、どうやらそれで精一杯のようだな?」

「お前は……っ!?」

「「……ヴィクセンっ!!」」

 やや遠くに立つ、ヴィクセンと呼ばれたその男は不敵に笑いながら言った。

「盗賊の持ち物を……根こそぎ奪いに来たぞ。当然の正義を行うだけだ、異存はないだろう? なぁ、今は形無き大貴族アルセルノ家の長男……『スティッシー・イル・フォン・アルセルノ』殿?」

 名前を呼ばれたシーフォンと、ヴィクセンの視線が重なる。

「ヴィクセン……貴様……!」

「おや? どうしたスティッシー。何が気に入らないんだ?」

「だから、軽々しく呼ぶなっ!! その名前は、あの家に置いてきたんだよ……、名乗るのはその資格を取り戻してからと決めている!!」

 睨み付けるシーフォンの顔を見て、ヴィクセンは笑う。

「ああ、そうだったな……たしか魔物に襲われたんだったか? ふっ……クハハハハハッ!!」

「……何がおかしいっ!?」

「いや、なに、簡単なことだ。『偶然』魔物に襲われたお前の家の近くに『偶然』いた私は、『偶然』アルセルノ家の宝物庫に入って、あるものを探し始めたのだが……まあ『偶然』見つからなかったよ」

「……まさか、」

「どうした? 私はそこら辺にいた魔物に声を掛けて、少し話をしたあとに硬貨を恵んだだけだぞ?」

「っ……!! 貴様かぁぁぁっ!! 貴様が俺の家族を、家を壊したのかっ!!」

 怒りのままに、シーフォンは短剣を抜き、そのままヴィクセンの元へと駆けた。
 ヴィクセンの方はというと、ただその顔に浮かべる笑みをいっそう大きくし、スラリという効果音と共に、自分の得物である細剣を抜いた。
 武器のリーチが長いヴィクセンが、シーフォンを一瞬上回った速度で攻撃。
 相手の慣性を最大限に利用する、カウンターの突きが放たれた。

「くっ!?」

 辛うじて切っ先を弾くことに成功する、突っ込む速度を若干落としたものの止まらずに彼へと向かっていった。
 放たれた斬りが、しかしヴィクセ
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