されど、盗賊にも盗めないもの

「ふう……っ」

 旅人用の小屋まではおそらくまだまだ道のりは遠いであろうが、しつこい追っ手はもう見えなくなっている。どうやら撒けたようだった。

「……さすがに、休憩だ……」

「……まったく同感じゃ」

 二人して道端から顔を出している木の根に腰掛ける。
 落ち着けたことによって、シーフォンには色々と整理をする余裕が生まれた。

「それじゃあとりあえず訊いておきたいんだが……タマノ、お前は何のために親魔物領に行くんだ?」

シーフォンの質問に、少しの間タマノは眉を寄せ、思案する顔を作った。そして紡がれる言葉は、

「わっちには、夢がありんす」

「夢?」

「わっちの夢は……ちっぽけなことかもしれんが、自分の店を構えることなんじゃ。いざと思って故郷を離れて、この地で商売をと思っていたのじゃが……、どうやら、場所が悪かったようじゃな。町を転々と歩いてきとったがどこでもわっちに対する反応は似たようなもんじゃった。ようやくたどり着いたこの町で、親魔物領の情報が得られたんじゃが、いかんせん……一人でことを成すのに、疲れてきんす」

 そこで言葉を切って、疲れたように笑うタマノ。

「成程な……。まあ、当然と言えば当然だが、魔物が反魔物領で店なんかを構えれる訳がない」

「じゃが……ぬし様は本当にこれでいいのかや? ぬし様にも夢はあるじゃろう。わっちはその妨げになりたくはありんせん……」

 夢という言葉が、シーフォンの顔を曇らせる。

「夢……、俺の、夢……」

「そうじゃ。ぬし様はわっちの夢を聞いたんじゃから、わっちもぬし様の夢を聞いてもよいじゃろう?」

 外套の下に隠れた耳が、シーフォンの言葉を聞き逃しまいと、ぴくぴく動いている。
 タマノはシーフォンよりも幾分背が低いので、軽くシーフォンを見上げるかたちになりながら、続く言葉を待っていた。
 タマノのそんな仕草に、しかしシーフォンは苦々しい顔をする。

「俺の夢は……、……魔物に滅ぼされたアルセルノ家の、再興だ」

 タマノがはっとした顔になる。

「なっ、何故滅ぼされ……!? いや……すまぬ。要らんことを聞いたようじゃ」

 それきり無口になるシーフォン。
 その静寂にいたたまれなくなったタマノは、

「……さて、もう充分休んだじゃろう? ほれ、そろそろ出発しんす」

「……ああ」

 そして二人で立ち上がり、また街道を歩く。
 先ほど夢中で走って来た時とは違い、二人の間に流れる雰囲気は重くなり、自然、その足取りも遅々としたものとなった。
 ――結局、想定していたよりも遥かに道のりを消化できず、二人は野宿をする羽目になった。




***side;タマノ***



 すっかり辺りは暗くなってしまい、シーフォンは動物避けのための火をくべる薪を確保しに、少し向こうの森へと入っていった。
 自分の役目は荷物の番だ。
 一人残されて頭に浮かぶのは、やはりシーフォンのこと。

「ぬし様や……わっちにとって、ぬし様とは一体なんなのかや? ……いや、ぬし様にとって、わっちとはなんなのかや……?」

 一人で疑問を唱えても、応答は帰ってこない。

「なにも……、なにも解りんせん……っ」

 胸に去来する空虚。
 それがまた自分を追い詰める。
 ――何と言ってシーフォンに接すればよいのか?
 ――そもそもシーフォンは自分を好いているのか、それとも魔物であるがために、嫌っているのか?
 そんなことを考えている内に、思考は留まるところを知らず深みへとはまっていく。
 それゆえ、シーフォンと自分へ危険が迫っていることに、気付くのが遅れてしまっていた。



        ***side;シーフォン***



「――――――!!」

 閑静な闇のなか、森の木々に衝撃が走り、羽を休めていた鳥や木を住処としていた動物たちがざわめく。
 衝撃は自分の左手を衝動的に木に叩きつけて発生させたものだ。

「……くそ……っ!!」

 左手からは鋭い痛みが伝わってくるが、それはどことなく自分の体から伝わるものではないように感じられた。

「最低だろう、俺……!」

 タマノはようやく頼り所を見つけ、夢に向かって進み始めたところだというのに、その出鼻を勢いよく挫いたのは誰だ?
 ……他でもない、俺自身だ。
 あれ以来タマノとは口を利けていない。
 どの口があいつを傷つけたのか。また会話をして、さらに傷つけてしまうのではないか。
 そう考えると、とてもではないが話しかけられなかった。
 とはいえ、タマノをこのままにしておくこともできない。

「(――火を囲んだ際に、ちゃんと謝罪をしよう)」

 そう決めて、感覚の麻痺した左手を使い、せっせと薪を集めていく。

「よし…、これだけ
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