うららかな日差しがもはやわずかばかりの残滓を残す夕暮れ時。
通りを軽やかに、足音もさせず歩く男が一人。
「さて、今日の稼ぎは、っと……、」
言って、懐から頭陀袋を取りだし、中身を確かめる。
「(ま、上々ってところか……日も落ちるし、次くらいで打ち止めだな、今日は)」
それなら最後は……と、彼は大きな広場に出て、「獲物」を探す。
露店を出しているところもあれば、簡素なござを敷き、その上に商品を置いて商売をする者、物乞いをする者などで、大広場は盛況の一言に尽きた。
しばらくして、最も最適であると思われる「獲物」をその目は捉える。
「(よし、こいつに決めた……!)」
思い立ったら即実行、とばかりに彼は歩き始めた。
『獲物』の歩いていく先を読み、そこから交差するように様に擦れ違う。
一瞬して、彼の手には短剣が。それも護身用とはいえ、装飾に手を抜かれていない立派な逸品だ。
彼は手の中にあるそれをちらと確かめたあと、頭陀袋の中に短剣をしまう。
男――、シーフォン・アルセルノはそうやって生計を立てている。
要するに泥棒……スリだ。
あとは、今日の稼ぎと合わせてこれを質屋に持っていけば彼の一日の仕事は終わりを告げる。
……はずだったが、今日は少しばかりいつもと展開が異なったのだった。
「(よし、成功……。あとはいつものとこに換金してもらいに行くだけだ……、っ!?)」
歩き出したシーフォンのその手を、しかしなにかが引き留めた。
それは、先ほど見た限りではござを敷いて商売をしていた者だった。ローブで顔までスッポリと隠し、『あれじゃあ信用もなにもあったもんじゃないだろう』と内心彼は思っていたのだが、なぜそれが自分の手を掴んでいるのかが、まだ彼には解らなかった。
訝しむ彼への答えは、やはりというか目の前の人物からもたらされた。
「なあ、ぬしや」
小柄な少年のようにも見えた背格好だったが、驚くほどに澄んだ、美しい女性の声をしていた。
「……俺、ですよね?」
思わず少し敬語になってしまうシーフォン。
「そう、ぬしじゃ。ぬしは随分と手癖が悪いようじゃの?」
「な……っ!?」
スリの技術に関してはかなりの自信を持っていただけに、シーフォンは動揺を隠しきれなかった。
その様子を見て、長衣の女は言う。
「……安心せい。わっち以外は気づいておらんようじゃからの」
「……どうして、そんなことがわかるんだ?」
「積もる話は後じゃ。とりあえずわっちについてきなさんし。ついてこなかったら……もちろん、解っておるじゃろうな?」
「成程……、弱味を握ってるから言うこと聞け、と?」
「別にぬしがどうなろうとも、わっちは困りんせんがの」
「ああ、わかったよ。とりあえず言う通りにするればいいんだな……?」
*****
そうしてシーフォンが連れてこられたのは、簡素な造りの宿屋。一体こんなところで何を……と考えていたシーフォンに、一つの閃きが。
「そうか、読めたぞ……! ああ、お前はアレだな、体をもて余してるんだrふぐっ!?」
「な、なな何を言うんじゃぬしは急にっ!?」
「待て、意外と可愛いとこあるなと思ったが待て……、ソコだけは、ソコだけは蹴ったら駄目だろ……。しかも膝蹴りってお前……! 殺す気か!?」
「ふ、ふん、ぬしが悪いんじゃ!…全く…、これからわっちが大事な話をしようとしておったところに…」
「ああ……すまなかった……っ! もう……、下らない冗談は言わないと誓う……!!」
それこそ冗談ではない痛みをこらえて、固く誓いをつき立てるシーフォンだった。
「……まあ、よかろう。さて、本題じゃが…………」
やや間があって、躊躇いがちに、長衣の女は言った。
「……ぬしに親魔物領へ行く道中の、護衛を頼みたいんじゃ」
「………………はぁっ!? なぜ俺が……!? それになぜお前は親魔物領に行きたがる? 全然意味がわからないぞ? 魔物なんかと仲良くやっている所に行って何になるっていうんだ?」
――魔物の存在を是とし、手を取り合い繁栄している場所のことを親魔物領、反対の場所を反魔物領と言い、この町は反魔物領に属している。
それなのに親魔物領に行きたがるという人間など、普通はいないものだ。
すると、女は着ていたローブを脱ぎ去った。
急な展開にシーフォンの鼓動は不覚にも高鳴るが、しかしそれは次の瞬間、違う意味で彼の鼓動を再び高鳴らせた。
「それは、わっちが……わっちが、魔物だからでありんす」
「……!」
見れば女の整った顔の上には犬や猫のそれを思わせる耳が、腰の辺りからはフサフサとした尻尾が三本生えていた。
「狐……?
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