おはよう、となりの朝御飯。

「ん……」

 目覚めは好調。カーテンを開け、朝日を浴びながら肩や首を慣らしていくと、まとわりついてくるような眠気もなりを潜めていくものだ。
 ピンポン、とチャイムが聞こえたのはその時だ。

「はーい……」

「おはようございます、先生! 朝食のご用意が整いましたのでお知らせに来ました。支度が済み次第、こちらの部屋へといらして下さいますか?」
 
 ご機嫌な小鳥がさえずるような声で、目の前にいるメイドエプロン姿の女の子は僕に微笑みかける。

「え、僕が上がってもいいのかな?」

 越してきたばかりとはいえ女の子の部屋だろうし。

「はい、お構いなくどうぞ! せっかくの朝御飯ですから、冷めないうちに召し上がっていただきたくて」

「えっと……じゃあお言葉に甘えて。少し着替えてからそっちに行くよ。寝巻きじゃ流石に格好もつかないしね」

「はい」

 いったん玄関のドアを閉め、クローゼットからスーツを出す。初めて着たときの、まだまだスーツを着せられている感が残っている気はする。

「……いつもは面倒で適当に済ませてるしなあ、朝御飯。ありつけるなら喜んで頂きたいよ」

 などとひとりごちていると、

「そうですか、すこしでも喜んでいただけるなら私も嬉しいですよ。では、着替えのお手伝いをさせていただきますね」

「はいストップ!」

「えっ……?」

「『えっ……?』じゃなくて! どうしてここにいるのさ!?」

 いつの間に僕の背後に。

「それはもちろん、先生のお着替えを手伝いに……」

 エリスさんは『だるまさんがころんだ』よろしく突き出した手を虚空に彷徨わせていた。

「これくらいは一人でやるから! エリスさんは飲み物の用意でもしていてくれるかな!?」

「うぅ……先生がそう仰るなら……畏まりました。では、お待ちしていますね」

 さながら花が萎れるかのような顔をした彼女が僕の部屋を出て程なく、隣の部屋から食器を並べる音が。二部屋をドアで繋げる工事の影響なのか、その音ははっきりと聞こえてきた。これ僕のプライバシーとか大丈夫なのかな。もちろんエリスさんのもだけれどさ。

「……というかまあ、こんな大仰な工事が僕の部屋になされてる時点でそんなものはないよね……そうだよね……」

 我が物顔で、あたかも初めからそこにあったぞと言わんばかりのドアを見ながら嘆いてみた。
 着替えを済ませて、今は『使用禁止』と書かれた心許ない1枚の張り紙で封印された居間のドアを横目に玄関から外へ出て、隣の部屋のチャイムを押す。すると、ガチャリと開いたドアからエリスさんの頭がひょっこりと覗き、ふんわりと室内の空気が流れてくる。蜂蜜を少しだけ薄めたような女の子の香りと、美味しそうな朝ごはんの匂い。
 教師の身分で生徒の部屋に……なんて少しだけ背徳的なものを感じながらも部屋に上がらせてもらうと、匂いの出元はすぐに見えた。

「エッグベネディクト、それにポテトサラダです。昨晩のうちに朝はお米がいいか、パンがいいかを聞きそびれていましたので、私の家でのいつもの朝ご飯をお作りしましたが、よろしかったでしょうか……?」

「よろしいも何も、僕のいつもの朝に比べたらご馳走すぎて勿体無いくらいだよ。すごく美味しそうだ」

 世辞でもなんでもなく僕はそう評価した。エッグなんちゃらとかもうね、僕が知る朝飯の類ではないことだけは確かだ。

「えーと、いただいちゃっていいんだよね……?」

「もちろんですよ、先生。どうぞお召し上がりくださいませ」

 やはり一般ピープルの僕にはやや敷居が高くないかとも思うけれど(実際綺麗な食べ方がわからない)、とりあえずなんたらディクトを一口。その様子をじっとエリスさんは見つめている。

「……こ、これは……!」

「いかがですか……?」

 マフィン生地の上に乗ったベーコン。そしてチーズ。どちらか片方だけでも十分美味しいそれを一口に頬張ると、ベーコンの脂身と蕩けるほどのチーズの旨味が広がった。そのままならしつこいだけのその脂味を、トマトの酸味で絶妙なバランスに保っている。これはエッグベネディクトのうちのひとつ、エッグプラックストーンと呼ばれる様式だろう。勧められるがままにつまんだポテトサラダもなるほど、マヨネーズなどの味付けは少なめで、ベーコンの後風味を活かす味付けになっているではないか。思わず赤ワインでも取り出して、優雅なひとときに身を任せてしまいたくなる。

 ……なんて宝石箱のように綺麗な言葉の食レポがつらつらと浮かんでくるわけもなく、僕の貧弱な語彙ではただただ「美味しい」を連呼するばかりなのが悲しい。それでもエリスさんは僕が食べる様を嬉しそうに眺めていた。

「オゥ……ベリーベリー……グーテンモルゲン……!」

 訳:(英)わあ、とても(独
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