「お、おおう…………」
僕はとにかく、目の前の光景に戸惑いを隠せずにいた。何故かは後で説明しよう。
ここでひとつ当たり前のことを言っておくと、学校には家庭訪問というシステムがある。それは生徒の実態を担任教師が親御さんへと直に伝え、親御さんは(その家庭にもよるが)部屋を綺麗に片付け、磨かれた居間のテーブルに茶菓などを出しては雑談に興じるという、いわばその家のステイタスお披露目式のようなものだ。
正直なところを言わせてもらえば、教師の立場である自分からするとそういった茶菓などは受け取ったりするのはよろしくないから、話し合いの席で出されたとしても丁重にお断りする必要があるのだが。
「ようこそおいでくださいました、先生。どうぞごゆっくりしていってくださいね」
今僕が訪れている家の外観はさながら西洋のお屋敷そのものだった。招き入れられてみると、内装も勿論だ。煌びやかなシャンデリア、真紅をさらに紅くしたような色味の敷物……だが、十二分に目を引きそうなそれらをも霞ませるほどに目の前に並ぶのは高級レストランもかくやと言わんばかりの料理、料理、料理。
いえお気遣いなく、などと言って茶菓のようにやり過ごせるものでないのはもはや明らかな雰囲気である。
何より、料理を準備したであろう女性が浮かべる満面の笑みを見てしまうと、どうにも僕は断りづらくなってしまう。
ある程度覚悟はしていた。僕が受け持つキキーモラの生徒の家にお邪魔するときには丁寧におもてなしされるんだろう、という漠然としたものだったが……まさかここまでとは。
「ええと、結構なお点前で……じゃなくて!」
超が付くほどに一般人の僕はこのような場所でどう対応するべきかを知らない、知るわけがない。ナイフとフォークは内側から? それとも外側だったか?
というかそもそも受け取ることすらまず断るべきなのだ。だがどう切り出したものか。
「あっ、もしかして洋食はお口に合いませんでしたか……? すぐにお引き換え致しますね」
しゅん、とキキーモラに特有の、羽根のような尻尾が気持ち萎み、綺麗な長い下睫毛が見えるほどに目を伏せ、手はお腹の前で重ねてぺこりとお辞儀。身体全体が完全に申し訳ありませんオーラを表現していた。
「あっいえ! 洋食は大好きですご心配なさらず!」
僕は堪らず言った。モッタイナイ精神が染み付いた極東の男児ならこの料理が片付けられるのを黙って見ていられようか、いやいられないだろう。
ーーちなみにこの一言が、僕のお腹の運命を決定付けたことは言うまでもない。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ふう……その、大変美味しく頂きました。……それで、エリスさんの事なのですが」
なんとか料理を胃袋に入れた僕はようやく本題、つまり家庭訪問における、先生と親との話し合いを始めることができた。
「彼女は日頃の態度もよく、率先して清掃やボランティア活動にも参加していますね。少々忘れ物をする事はありますが、きちんと家庭学習ができているようですし、成績も優秀です」
目の前にいるのは先ほど料理を作ってくれた女性、そしてエリスさんの母でもあるアリーシャさんだ。料理のために束ねていた琥珀色の髪は解かれていた。銀縁の眼鏡をかけたその淑とした佇まいは、彼女に落ち着きのある美しさを醸し出させている。
新調したばかりなのかまだ輝きの強い眼鏡をゆっくりと外し、アリーシャさんは小さな口で息を吸い込んだ。
「うちの子は何もない廊下で躓いてこけたりしていませんか? お掃除の時にバケツをひっくり返しちゃったりしていませんか? あああえっとそれから……」
「あ、アリーシャさん、落ち着いてください? それにバケツをひっくり返すって……幾ら何でもそれはドジが過ぎますよ」
「ひぅっ……すみませんすみません」
つい先ほどまでの落ち着いた雰囲気はどこに行ったのか、わたわたとまくし立てるアリーシャさん。
彼女が一体何に謝っているのかは多分、僕の知るところではないだろう。そんな気がする。いや、そんな話はさておきだ。
「大丈夫ですよ。あなたのお子さんはみんなが頼りにするくらいに、真面目な生徒です」
僕がそう言うとアリーシャさんも一安心したのか、ほっと息をついた。
「そうですか! 良かった、ずっと心配していたんですよ私……あの子ったら、お家ではもうそれは全然なので」
「全然って……そんなに怠けているんですか? エリスさんは」
エリスさんの学校での日頃の態度を知っている僕からすると、少し想像しにくい話だ。
「いえ、お家で料理を運ばせてもころんだりしないし、掃除もお洗濯も私なんかより断然上手くって……だからその反動が起きて、学校では悲惨なんじゃないかって心配で」
「普通にいい子じ
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