「…………っと、着いた……か」
座敷の前、片手でお盆を持ち、その上に茶と茶菓子を携えた俺。
行儀悪く片足で障子を開けると、そこには布団の中でまだ眠っているラクシャがいた。
棺桶の中で寝ないのかと訊いたら盛大に頭を叩かれたのはもう3日程前のことだ。
「ほら、ラクシャ様、起きろ。朝だぞ」
様付けで呼んでしまうことに関しては諦めた。ラクシャを敬う気は更々無いのでそれ以外の言葉遣いは普通だ。
それにしても……コイツはなかなか起きない。3日間同じ家で暮らした感想はそれだ。
「…………顔だけは可愛いんだけどなぁ、コイツ様も」
ここまで無防備な寝顔を晒されるとこちらとしてもたいへん精神衛生上よくない。
弾力のあるぷるんとした口唇が目に入って、思わず初めてラクシャと出会ったときの事故のようなキスを思い出してしまった。
「…………っ、どきどきしてんじゃねぇ俺。コイツ様は傍若無人の権化だ、可愛くも何ともないんだ」
半ば言い訳のように俺が一人ごちていると、ラクシャが鼻をすんすんと鳴らしながら目を開いた。
「う、ん…………茶か。朝じゃな」
「シジ臭っ…………」
見た目二十歳そこそこの美人が情けない……とは思うが実際のところラクシャは何百何千と歳をとっているだろうから、この反応はこの反応でアリなのかもしれない。
「何じゃ貴様、じっと妾を見て……妾の顔に何かついておるのか?」
「加齢臭が染みついて「『黙れ』」――っ、――――っ!」
くそっ、喉になにか詰まったみたいに声が出せねえ!? いちいち反則臭ぇなおい!?
「口の減らん奴じゃな貴様は……まあよい、『さっさと茶を寄越せ』」
「……………………!」
俺は無言で従い、お茶をラクシャの前へ。傍らに添えられる羊羮には金箔まで入っている高級品をわざわざ勝手に選ばせるコイツの命令の強制力が恨めしい。せっかく俺が楽しみにしておいたものを……!
「ずず…………っ、うむ」
のびのびしやがって、畜生め。元々俺のものなんだし、少しくらい俺の分があったっていいだろうに……!
と、俺はありったけの怨差を込めてラクシャを睨(ね)めつけた。
「……………………」
「なんじゃ、その物欲しそうな顔は……黙っておると薄ら気味が悪いぞ?」
「――――!、――――――!?」
ソッチが『黙れ』っつったんだろうがこの野郎!? なあわかるか!? 喋れねぇんだよ俺は!?
……などと思うだけで言葉にならないので仕方なく俺は携帯電話を取り出し、画面に文字を入力。
「『頼むから喋らせてくれ』」
その文面を見ると、ようやくラクシャは得心した。
「おぉ、そういえばそうであった……もうよいぞ。申してみよ」
「っ、あー、あー……ふぅ。やっとかよ……ってか、ホントにここまで迷惑かけておいて……礼の一つくらいあってもよくないか? 具体的にはそこに置いてある羊羮とか……さ」
俺が言ってもラクシャはあくまで、さも知らずというように茶を啜っている。
羊羮を切り分けるための木製のナイフをラクシャは手に取って柔らかなそれにあてがい、一口サイズに切られたものにナイフを突き刺し、ラクシャはゆっくりと持ち上げていった。
「おいラクシャ様、聞いてるの…………か……?」
「ほれ」
俺の目の前に、羊羮がある。そのあまりに予想外の出来事に、俺は固まってしまった。
「もとより妾の方も茶が飲めればそれでよいのに、要らん気を遣いおって……『さっさと口を開けよ』」
「んあっ、あー……!?」
ちょっと待て、と言う暇もなく、間抜けな感じに俺は口を開かされる。
「うむ、『妾に感謝しながら、よく味わって食べよ』」
差し出されるそれを俺の首が勝手に伸びて口に咥え、咀嚼を始めた。
「ありがとうございますラクシャ様、とても美味いです…………くっ……なんかすげぇ屈辱……!」
内心ちょっと『こんな綺麗な女の人にあーんしてもらえて嬉しい』とか思わなくもないが、それと屈辱とは別の話だ。
「それにしても、貴様もいちいち面倒な奴であるな……そうホイホイと妾の言いなりになっておったら疲れるであろうに」
「貴様が言うかソレを!? そう思うなら、これから一切必要な事以外喋るなもうホント頼むから!!」
あ……『貴様』って呼び方も一応は『様』がついてるってことに今気付いた。でもいつもそう呼ぶのには流石に抵抗あるな……。
などと思っていると、当のラクシャは憤然とした顔で言った。
「何を言うか貴様、下僕の分際で妾の行動を制限しようとは思い上がりも甚だしい……。本当に嫌なら、素直に断ればよかろうが。妾の力は流石にそこまで強くなどないぞ?」
……なんて新事実が、ラクシャの口からあっけらかんと
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