それは少し前のことだ。
俺の爺ちゃんが死んだ。
呆気ないもので、眠りに落ちたかと思えば、二度と目覚めることがなかったのだ。
天寿を全うした、爺ちゃんにとって最高の逝き方だと思った。
若い頃には探検家で、有り余るほどの元気の塊にしか見えなかったあの人にも当然、限界はあったのだと実感した。
爺ちゃんに憧れて探検家をしている両親は、外国にいて葬儀に戻ってこれなかったので、代わりに俺は少しの涙と、悔恨の句を紡いでやった。
それから親戚や爺ちゃんの昔の仲間が大勢家を訪ねてきたが、それも大分収まってきた。
やり手だった爺ちゃんが建てた一軒家に一人。
人が来ていた時はわからなかったが、今更ながらにこの家の大きさが身に染みた。
「爺ちゃんがよく居た座敷にでも、行ってみるかな……」
もしかすると、何か思い出の品でもあるかもしれない。それを見て泣いてやるのも、まあ生者の特権だろう。
障子を開けると、い草の古めかしい匂いが鼻についた。
「ここの部屋も、もう使われることはないか……」
この部屋の主とも呼べる爺ちゃんはもういない。
いっそ俺が使ってやろうかとも考えたが、ここはある意味汚してはいけない場所のような気がして、躊躇われた。
部屋に足を踏み入れ、辺りを見回す。
「子供の頃は、よくここで寝てたっけ……」
窓際に位置する、もっとも日の当たる畳を見つけ、過去を思い出す。
『紀行、あんまりそこで寝てばっか居ると、別嬪さんにとって喰われちまうでな?』
爺ちゃんはよく、そう言っていた。
別に他人様の家に入ってまで誘拐を企てるような、子供趣味の女性がそうそう現れる筈もない。
俺には全く意味のわからない冗談にしか聞こえなかったものだ。
長い間日光に晒され続け白みがかった畳の目が、周りの畳との違いを一層顕著にしていた。
「よっ、と…………」
横になると、俺の身体がぎりぎりその畳一畳に収まった。
昔は半分以上も余分を残して眠れていたのに。そう考えると、自分の時間も止まることなく流れているものなのだな、と。
そして、
「ゆっくり……俺だって、死に近づいてきてるのか。今日より明日、明日より明後日……」
避けられない運命に、思いを馳せる。
「死んでその後、どうなるんだろうな? ……死ぬのは、嫌だ。埋められても、ゲームに出てくるゾンビみたいに這いずり出てやりたいところだ……」
カリ……カリ……。
そう、今微かに聞こえている音のように地の底を削り、手を空へと突き出すのだ。
「………………って、何だこの音は? 軒下に何か……居るのか?」
猫が爪でも研いでいるのだろうかとも思うが、どうにも様子が変だ。
なぜなら次第に音は叩くようなものに代わり、耳をそばだてずとも聞こえるほどになったからだ。
「もっと音は近い……これは畳の、下か……?」
不思議に思って俺は起き上がり、爺ちゃんに、悪いと心の中で謝りながら、思いきって畳を外してみた。
するとそこから出てきたのは…………厳かな装飾を存分に施された、棺桶だった。
「な、何だよ、これ……!? 棺桶って普通死んだ奴が入るものだろ……何で中から音がしてるんだよ……!?」
中からは開かない構造なのか、幸いなことにいきなり蓋が開いて中にいた奴が俺を襲う、なんてことにはならなかった。
……それでも俺は、一族に受け継がれる好奇心があったのだろうか、それとも中に入ってるのが人ならば助けなければという正義心があったのか、恐る恐るではあるが蓋に手をかけたのだった。
「――――っ!?」
その瞬間、何か複雑な図形が現れたかと思えば、弾け飛ぶようにして霧散した。
それと同時に蓋が勢いよく開かれ中にいた奴が飛び出してくる。
「一体誰じゃ! 妾の幾数年にもわたる眠りをじゃむ、ん……っ!?」
そいつの言葉は途中で止まってしまう。
上から覗き込むようにしていた俺に、勢いよく接触してしまったのだから。
…………唇と、唇で。
「ぷはぁっ……き、貴様……所詮下僕の分際で、王である妾の唇を奪うなど…………!!」
俺を突き飛ばすようにして体を離したのは、絶世の美女といっても過言ではない……というよりまだ言葉が足りない程に美しい女性だった。
艶やかな光を放つ長い髪、張りのあるつややかな褐色の肌、無駄な筋肉のない、引き締まった足、扇情的な服からちらりと顔をのぞかせる臍や腋、母性の象徴とも呼べる豊満な胸。
それら全てが完璧なまでにそこに同居していた。
「………………」
あまりの状況に俺が何も言えないでいると、女が言葉を再び発した。
「何じゃ貴様? どうして妾を目覚めさせた? 嘘は無駄じゃぞ、妾には王の力があるからの。妾の言葉
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