糖分のあとに珈琲はいかがですか?

 私の名前は尾根倉 満月(おねくら みつき)、現在絶好調失恋中の独り身です。 
 
 私はサキュバスでありながらも、学校の図書室で働いています。

 時々図書室に来てくれるあの人、黒須架 良矢(くろすが よしや)さんに、私は恋をしていました。
 
 
 ……いえ、こうして想起しているということは、まだ『恋をしていた』などという過去形で終わらせることが出来る程、未練がない訳ではないでしょう。

 それでも私は、身を引いたんです。

 
 良矢さんの家に住むことになったヴァンパイアの小夜ちゃん。

 同姓の私から見ても彼女はとても魅力的で、良矢さんも自然と小夜ちゃんに惹かれていきました。

 その様子を陰から見ていた私は、胸がキュッと締め付けられるような感覚でした。

 私はただただ泣いて、たくさん泣いて……そして思ったんです。
 
 
『私と結ばれることがなくても、それでも良矢さんに幸せになって欲しい』……と。

 そして私は、行動に移りました。

 方法は……まあ私だって淫魔の一人。『良矢さんと小夜ちゃんの二人で気持ちよくなれば、絶対幸せになれるはず!』ということで、ヴァンパイアに催淫効果のあるにんにくの飴を、小夜ちゃんにプレゼント。
 
 …………思えばあの時も、たくさん泣きましたっけ……。 

 意外と私、泣き虫だったりするんでしょうか?
 
 あれから私は、ともすれば暴れだしかねないくらいの淫欲、サキュバスとしての本能を抑えて、慎ましく生活しています。
 
 あれ以来、自慰すら行っていません。
 
 だって……切ないです。切なすぎますから。
 
 それに、一度してしまうとお腹の下が疼いて止まらなくなって、強引にでも良矢さんを犯しに飛んでいってしまいそうになる気がして。

 そんな結果を、私は望んでいません。

 本能のままに良矢さんと交わり、刹那的な快楽を得る……。

 私がそれを悦んだとしても、良矢さんの幸せなどそこにはないのですから。


「はぁ…………っ」


 長く、熱い吐息が私の口から零れます。
 
 油断していると、無意識に手が大事なところを触ってしまいそうです。


「……ッ! 駄目駄目、いけません……早い内に本棚を整理しておかないと……!」
 
 
 仕事という理由を作り、頭を振って快楽の誘惑を断ち切ります。
 
 私は梯子を登って、棚の上の方の本を綺麗に並べようと手を伸ばしました。
 
 
「ん……っ、と、あっ、や、きゃあぁっ!?」
 
 
 あんな考え事をしていたせいか、足元が覚束なかった私は当然足を滑らせ、梯子から落ちてしまいました。


「っ痛ぅ…………っ!」


 幸い命に別状はありませんでしたが、踏み外した左足と、利き手である左の手を打ちつけて痛めてしまったようです。

 ちょうどその時、図書室の扉が開いて、人が入ってきました。
 
 
「尾根倉先生、こんにちは……って、あれ? いないのか? ……参ったな、この間借りたにんにく料理の本、返しに来たのに……」 
 
 
 その声を私が聞き紛うことはありません。
 
 それはまさに、良矢さんでした。
 
 こんな姿を見られたくない気持ちと、あの人なら……という気持ちが半分ずつです。


「……しょうがない、今日は出直して帰るか……」


 その声を聞いて、つい私は立ち上がれないままに声を上げます。


「あっ、良矢さん! その、今は本棚の整理をしていて手が離せないんです! もう少し待ってもらえますか?」
 
 良矢さんがいなくなる……それだけは嫌でした。
 

「そうなんですか。手伝いますよ、俺」 


「あっ……」


 止める間もなく、良矢さんは立ち上がれないままの私のところへ来てしまいました。


「先生!? ちょっ、何やってるんですか! 大丈夫ですか!?」


 良矢さんが駆け寄ってきて、起こしてくれました。

「っ……!」


 足に走った痛みに、思わず押し殺したような声が出てしまいます。


「足、痛めたんですか?」

「あ、いえそんな、全然心配ないですから……んっ! 痛ぁ……!」


 元気です、と手を降ってみましたが、左手もやっぱり痛いものは痛いです。


「手も痛めてるんですか? ……保健室行った方がいいんじゃないですか? 先生が保健室ってあんまり聞かないですけど……」


「……確か司書室に湿布がありますから、そっちの方が早いと思います……」


「じゃあ、とりあえず司書室に行きましょうか。背負いますから、どうぞ」


 そう言って良矢さんは私に背中を向けてしゃがみました。

 ……堂々と良矢さんに抱き付けるなんて、これほど嬉しいことはありません。


「えっと、良矢さん、失礼します……。んっ、重かったら遠慮なく言ってください
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