三期が始まってから一週間と少しという微妙な時期だが、俺たちのクラスに転校生がやって来ることになった。
聞くところでは帰国子女らしい、という話を朝のホームルームで担任の明葉先生から受け、クラスの皆がざわつく。
ちなみに俺、黒須架 良矢(くろすが よしや)は先生とは料理の話でよく盛り上がる、いい主婦(夫?)仲間でもある。どうでもいいが。
「それじゃあ閨待(ねやまち)さん、入ってきて下さい」
先生の紹介に応えるようにドアが音をたて、入ってきたのは、夜のような黒い長髪を持つ可愛らしい女の子だった。すらりとした細い足に白い肌とソックスがよく映えている。
だが裏腹にその眼は霞がかったようになにも映してはおらず、まるで俺達になど何の興味もない、といった雰囲気を纏っていた。
「それじゃあ早速だけど、自己紹介をお願いできるかしら?」
『閨待 小夜(ねやまち さや)』と書かれた黒板の前で、しかし名前を呼ばれた少女は完全に先生の言葉を無視し、空いていた俺の席の隣に着いてそのまま顔を伏せた。
……え? なんだこれ? どういうことだ?
……っていうか先生、その『ごめん、委員長の明石さんでもよかったんだけど、席が近いから良矢君が何とかして!!』的な視線送ってくるのやめてくれません!? ……あぁっ、口パクとかもしなくていいです、ひしひしと伝わってますからっ!?
仕方なく俺は、隣の席で伏せたままくぅくぅと寝息をたてている閨待の様子を確かめ――……、
「……ってなんで寝てるんだよ!?」
そうして無意識に動きかけた腕を、俺は慌てて止めた。
危ない……! いつもの癖でつい『スパンッ!』ってやっちまうところだった……!
俺にはある理由から、『ツッコみ癖』というものがあった。
そんな事をしようものなら、編入初日にして閨待から俺への印象が悪くなるなること間違いなしだろうな……。
気を取り直して、背徳的な感情が起きたが彼女を揺すってみた。
あぁ、クラスメイトの視線が痛い。しかもコイツ、なかなか起きてくれないし。
「黒須架くんがんばー!」
委員長の明石が無責任にも応援の声をかけてくる。
「ごめん、ホント起きてくれ。なんというか心が折れそうだ」
祈るように少し強めに揺すった結果、最悪なことに彼女の体が傾き、机から滑り落ちそうになった。
「ちょ、やば……っ!?」
俺は必死で体を下に潜り込ませて、どうにか閨待を受け止めることに成功。
へぇ、軽いんだなこの子……。けど意外にも胸は大き……って、どこを触ってるんだ俺は!?
思いっきり閨待の胸を俺の手がわし掴んでいる、そのタイミングで彼女が目を開ける。
あぁ…………最悪だ。
「ん……。おはよう、ござい ます……」
完全に嫌われたと思ったのだがしかし、彼女は意外にも礼儀正しくきっちりと挨拶を済ませたあとでそのまま立ち上がり、平然と再び席に着いた。
……え? お咎め、なし……?
「ほら、自己紹介自己紹介、閨待さ……いや、呼びにくいから小夜ちゃんね。とりあえず前に出る!」
明石がようやく助け船を出してくれた。
まったく、遅いって……。
「……? ……?」
一方の閨待は寝ぼけているようで、頭に疑問符を浮かべながら明石に引っ張られていった。
さっきの目つきもただ眠かっただけのようだ。
どこかから帰国したばかりで、生活リズムが完全に戻ってないのかもしれないな……時差ボケってやつか?
俺もとりあえず立ち上がり、席に着く。
……ははっ、止めろよ主に男子諸君。
偶然俺が胸を触ってしまったからって、消しゴム当てられると結構痛いんだぞ? イテっ、くそ、また飛んできた! ちょっ……止めてください!?
*****
「ねやまち さや。です。……えっ と、なにを言えば、 いいの?」
「う〜ん……好きなものとか言えば、それでいいんじゃないかしら?」
さすがの明葉先生も呆れ顔。言っておくが、これはさっきの続きじゃないぞ。
……結局あの後、閨待は教卓に頭を打ち付ける勢いでまた突っ伏したから、彼女の自己紹介は帰りのホームルームに流れたんだ。
それにしても、新しく入った初日の生徒によく行われる『ミーハーな女子からの質問責め』の洗礼も華麗にスルー……まあ、寝てただけだから華麗でもなんでもないが……、それと授業も居眠り(というか普通にガチ就寝)の割合の方が多かったし……。
大丈夫か、こんなので。
「好きなもの、 は……。 ち……」
「ち……?」
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