第二章 下準備

「人間はあんたみたいな間抜けがこんな何人もいるものなの?」
闇蜘蛛らしき嬢ちゃんは一転してむすっと不機嫌そうな顔になった。
背中より生えている蜘蛛の足、その節の暗闇に映える赤い目玉の様な紋様、そして禍々しさを感じる雰囲気。
私はその姿に少しばかり固唾を飲んだ。
「間抜けと言われると耳が痛いな。」
とりあえず敵対的ではない、そう解釈して問題ないだろう。
これはこちらとしてもありがたい、話を聞いてはくれると言うことだからな。
「結論から言えば落ちた者達も間抜けではなかったはずだ、突然穴が開き 落ちた、私もそうだった様にな。」
闇蜘蛛殿はイマイチ納得いかない顔をした。
この反応だと我々が穴に落ちた事をあまり芳しく思っていないのか、睨みつける様な とか言っていたしな。
「そんな浅い地層に穴を掘った様な記憶ないけどな・・・あんたらが無責任に掘り返してたんじゃないの?」
「うぬ・・・いや、地面に掘り返した様な形跡もなかった、誰かが仕掛けたとは考え辛い。」
思い返して見ても地面は至って普通、草花まで生えていた位のまさしく自然だった。
だからこそ分からない、それはお互い同じ事らしい。
「えー・・・あんたまさか採掘作業か何かの上で私の存在邪魔になったから懐柔して攫おうとしてるんじゃなきでしょうね・・・。」
「そんな訳がないだろう、私は嘘は吐かない。」
昔から決めている事だ、嘘を吐かずに正直に生きる。
私の信条だ。
「ふん、どうだかね人間。」
「こちらも質問させてもらう、意図してあの様な罠を仕掛けた、と言う訳ではないのだな。」
私の質問に対しての闇蜘蛛殿の反応は。
「あ、ええ、勿論よ、うん。」
妙に白々しいものだった。
何か隠しているな、間違いない。
「そうか、何もしていないか。」
だが藪蛇は困る、隠したからには何かしら事情があるのだろう。
特に触れる事はしなかった。
「ぐぬ・・・張ったわよ・・・罠。」
ふむ、どうやら藪蛇ではなかったらしい。
隠した理由は分からないが、質問させてもらおう。
「なぜ罠を張っていたか聞いても?」
「こっちだって生きる為に必死なのよ、幾つか獣を狩るのに夜に仕掛けた罠があるわ・・・。」
そう言う事だったのか、それだったら解決策自体は出し易い。
「ふ、ふん、余程の間抜け揃いみたいね!人間なんて!」
「そうだな、どうしたものか・・・。」
そこではっとする、この闇蜘蛛殿 衣服の類いを一切身につけてはいなかった。
この洞窟で暮らしているのなら衣服はいらないのか。
「これを着ろ。」
私は上着を一枚、闇蜘蛛殿に羽織らせた。
これなら多少はマシなはずだ。
「・・・なによ、これ。」
「見ていてこちらが寒くなるのでなその上着はくれてやる。」
さてと、解決策だったな。
「うえ、なんかおっさんの臭いがする。」
「いい臭いだろ、それで話を戻すが・・・。」
しかし闇蜘蛛殿は上着の臭いを嗅ぎ続けた。
妙に集中してだ。
「どうした?」
「なんでもないわよ、って話を脱線させないでくれる?話すのは苦手なのかしら?人間。」
やれやれ、中々気難しくて困る。
そう言えば名前を名乗っていなかったな、失念していた。
「まずは私の素性を言うべきだったな、私は藤太郎と言う、この森で謎の落とし穴が幾つか発生した、と聞いてその調査に来た近くの町の者だ。」
だが闇蜘蛛殿の反応は薄く、未だに上着を気にしている様子だった。
闇蜘蛛殿にとっては何か物珍しいのかね、普通に市場で購入した物なのだが。
「聞いているか?」
「はいはい、聞いてるわよ、大間抜けの房太郎。」
ふむ、確かに名前を間違えられるというのは中々に腹が立つものだ、青助には悪い事をしたな。
「それであんたもこうして被害者の一員になった訳ね。」
「うむ、それで君の名前を聞いても構わないか?」
闇蜘蛛殿は私から視線を外した。
何か言いにくそうに顔をしかめる。
「無いわよ、名前なんて。」
闇蜘蛛殿は私に背中を向け、睨みつける様な目を向けてきた。
それは敵意を含んだ視線だった、名前を聞いたのはそれこそ藪蛇だったか。
「それで?あんたはその落とし穴を作った私をどうするの?人間らしく野蛮に殺す?それとも私を攫って弄ぶ?そんな刀を持って来たって言うのは、そう言う事よね?」
闇蜘蛛殿は置いた刀に目をやって挑発した。
やれやれ、本当に気難しいものだ。
私は刀を拾って立ち上がり、闇蜘蛛殿の前に立った。
私の胸程の身長に、この刀程の太さしかない手足、そして大きい相手を目の前にして目に見えて怯えている反応。
見下ろす闇蜘蛛殿の目は、私を睨んでいた。
人間は嫌いだったらしい、話を聞いてくれていたのはただ私を一時的に許していただけか。
まるで、人に襲われていた狼を助けた時の様な、正しい事をしたはずなのに嫌な気分になる感覚。
「なによ、怒ったの?人
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