こんこん。
ピピッ。
小さな電子音が鳴ったので、体温計を引き抜く。
熱は・・・特に高くは無いようだ。
私の平熱からすると気持ち体温が高いけれど、体調不良を示すような体温ではなかった。
この所、すこし体が熱い気がしていて、風邪の前触れかとも思っていたのだけれど。
風邪にしては変な事も感じていた。
ここ数日鼻が利くように、以前は感じ無かった様な匂いを感じるように為っている。例えば−−近所の家で炊かれたご飯は少し水が多かったみたいで柔らかめの炊き上がりかな。別の家ではお餅を焼いているようだ。美味しそう−−とか−−雨の匂いがするけどこの位だと降らないのだろうな。空気は乾燥したままか−−等のような匂いを感じている。あと、人の匂いには特に敏感に成っている気がする。多分、匂いだけで人を区別でるのではないだろうか。そんな変質者や警察犬のような特技なんて欲しくないのだけど。
制服に着替えながら、姿見に写った影を見る。
鈴器洋子という名の女の子が鏡に映っていた。ぎりぎり一七〇は無いものの、上にばかり伸びた細っこい体。これで軽ければ良いのだけれど、骨太なのか見た目の割りに筋肉が多いのか、体重は他人には知られる訳にはいかないくらいの機密事項となっている。もうすこし胸でもあれば多少は言い訳になったのだろうけれど、それすら難しい。
鏡像を見ながらため息を付いた。嫌な幻覚が見える。真面目に考えると考えるだけ怖くなるので無視する事に決めたモノがなかなか消えてくれない。私以外の誰にも見えていないのだから、心配するだけ無駄だとは思うのだが。
制服の前を閉じ、腰までの長い髪を一本のポニーテールに纏めれば準備終了。
鞄を持って階下のリビングに向かう。
「おはよ」
こんこん。
「おはよう。どうしたの風邪? お弁当代わりに作ろうか」
「ありがとう。大丈夫、熱はないし」
お母さんの脇に立ちお弁当作りと四人分の朝食の手伝いを始めた。
こんこん。
ぴんぽーん。ぴんぽん、ぴんぽん。ぴーんぽーん。
お弁当と朝食の用意をひと段落させると、お弁当と一皿を持って向かいの家の玄関に立った。
どたどたと物音の後に、寝起き丸出しで部屋着寝巻き兼用のジャージ姿の男が眠そうな顔を出した。健志−−多仲健志だ。
家の両親と彼の父が懇意にしていて、健志とは物心つく前からの知り合いである。まあ、いわゆる幼馴染というものだ。小学校の時は何かといって一緒に遊ぶことも多かったが、中学への入学前後から距離が微妙になっていて。今では顔見知り以上、友達前後という感じだろうか。
こんこん。
「おはよ」
そう言って弁当の包みを渡して、ラップに包んだ皿を突き出す。
「ふぁぁあ。おはよう。朝飯さんきゅーな」
こんこん。
ジャージ男は、にへらと笑いながら皿を受け取った。ジャージの下をもっこりさせながら。
鼻の感覚が更に鋭くなっているからか、今まで感じたことが無いくらい、寝起きの強い匂い−−汗の匂いと強い別の匂いが鼻を突いた。
ふん。その匂いを振り払うようにして小さく鼻を鳴らし、とって返した。
こんこん。
「ご馳走様」
父が朝食の手を止めて私の額に手を当てた。
「ん〜。どうした洋子。風邪か?」
なんだろう。今まではこんな事は無かったのに。手の触れた事が嫌な事に思える。幸い、表情にも態度にも出なかったようで、少し安心する。
「熱は無いわ」
「そうみたいだね。この所空気が乾燥しているから気を付けないといけないよ。あ、お母さんご飯お代わり貰える? あ、軽くでお願い」
食べすぎじゃないの? 今日はご飯が進んで進んで。等といちゃいちゃしている万年新婚夫婦を残し食器を片付ける。お弁当の包みと鞄を手にすると玄関に向かった。
こんこん。
「いってきます」
聞こえているか疑わしかったが、声を掛けてから戸を閉める。
「洋子、ちょうど良かった。ご馳走様デシタ」
私が戸を閉めた瞬間に健志が皿を持ってやってきたので、今一度戸を開けて靴箱の上に皿を置く。
こんこん。
「いってきます」
二度目だけど。
「相変わらず律儀だな」
大きなお世話。ん。上着のポケットからハンカチを取り出すと、健志の頬を軽く拭う。
「な、なんだよ」
「顔くらい洗いなさい。醤油だかソース付けたまま学校に行くつもり?」
「お、おう。 ・・・醤油がいいな。醤油顔って事で」
こん。
「な、なんだよ、その可哀想な物を見るような目は」
「いや、可哀想な物ではなく、可哀想な人を見る様な目だ」
ぐはぁ。と、胸を掻き毟るような仕草で落ち武者の最後のような顔をする。いや、落ち武者の最後の顔なんて見たくも無いけど。
が、健志の表情が暗いままに、とぼとぼと朝の低いテンションのままに歩いていた。
こんこん。
「なによ」
そん
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