町の外観はまるで城塞のようになっていて、周囲を高い外壁が囲んでいる。中央には一
際高い円錐状の屋根を持った建物群があり、そこが僕が数日前まで勤めていた教会だ。
門の真下まで到達し、その横にある小さな勝手口を二、三度ノックした。暫くすると、
警戒心に満ちた低い男の声がした。
「誰だ」
「僕だよクルト、レイだ。レイスゥ・アルディエイドだよ」
僕が自分の名前を言うと、扉の向こうで槍か何かを取り落とす乾いた音が響く。驚いてい
るのだろう、暫くの間を開けてから、ようやく返事が帰ってきた。
「レイなのか? 本当に? お前迷いの森に一人で突っ込んで行った筈だろう?」
「ああそうだよ、本当にレイだ。運が良かったんだ、森に隠れ住んでた仙人に出会ったん
だよ。それで色々と世話になって、薬草も手に入れられた」
これは僕がでっちあげた作り話だ。魔物に助けられてしかもまた魔物の所に帰りますなん
て言ったら、大変な騒ぎになるのは目に見えている。森の隠者に出会って薬草を入手する
手助けをしてもらい、彼との生活に感銘を受けまた町を出て放浪の旅に出る。そういうシ
ナリオの予定だ。
要領悪く鍵を開ける金属のこすれる音がして、立て付けの悪い錆びた扉が開く。扉の向
こうからは、頬の痩けた顎髭豊かな中年男性が出迎えた。
「レイ、レイスゥじゃないか! この命知らずめ、よく帰ってきたな!」
「そりゃあ弟を救う為だ、命だって賭けるさ! 久しぶり、クルト!」
クルトと抱き合って再会の喜びを分かち合った。酒と中年の男特有の、どこか懐かしい臭
気が鼻を刺激する。よく考えると彼と最後に別れてから一週間も経っていないのだけど。
「じゃ、またねクルト! 早く弟に薬草を届けてあげたいんだ」
「ああ、行ってこい! 今度酒でも奢れよな!」
手を振って僕を見送るクルトに同じく手を振り返してから、僕は町の喧噪の中へ紛れてい
った。
: :
僕の自宅は、町の中流階級がすむ地域のど真ん中にある。おんぼろではないが、かとい
って綺麗というほどでもない中の下か中の中といった家だ。
扉をノックすると、しわがれた覇気のない返事が聞こえてくる。暫くの間を置いて扉が
開き、見慣れた顔が視界に入った。
「ただいま、母さん」
「レ、レイ……」
後ろでまとめた白が混じったよれよれの髪、いくつもの継ぎのある服、深い皺が刻まれた
顔とやつれた頬。見紛うことない、僕の母さんだ。両手で口元を押さえて、驚愕に目を見
開いている。
「薬草、取ってきたよ。これでカズノは助かる」
「あんた、レ、レイが、レイが帰ってきたよ」
一切視線をそらすことなく、母はぽろぽろ泣きながら父のことを呼んだ。すっかり頭が禿
げてしまい、自慢の口ひげも真っ白になってしまった父が、慌てた様子で家の奥から駆け
てきた。やはり僕を見て目を見開き、それから大粒の涙をこぼす。
「お、おお、息子よ……よく、よく帰ってきてくれた……」
「うん。ただいま、父さん」
泣きながら崩れ落ちた両親と、僕は数日ぶりの再会を果たした。
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二階にある弟の部屋の扉をノックしてから開くと、ベッドに横になって目を閉じている
弟の姿が目に入る。顔は驚くほど白く、はっきりと死相が浮き出ていた。
「ほらカズノ、レイだよ。お前の兄さんが薬草を手に入れて帰ってきたんだ」
枕元に立った母に呼びかけられて、弟はほんの僅かに目を開いた。僕の姿を見て、弱々し
く、しかし皮肉げに笑う。
「兄貴……駄目じゃないか、こんな俺の為に……職まで捨てて、迷いの森まで行くなんて。
兄貴が、死んだら、誰が、親父とお袋の面倒を、見るんだ?」
「ああ、確かに無謀だったかもね。でも、もう大丈夫。お前は治る。そして、これからは
お前がこの家を支えるんだ。病さえ無ければ、お前は何だって出来る。お前には才能が満
ち溢れているんだ。僕なんかより、ずっとね」
僕が微笑んで力強く答えると、カズノは口を閉じて目を瞑った。
「……ありがとう」
それきり返事は無く、弟はまた静かに眠り始めた。丁度下では慌ただしく物音がし始める。
父が、薬士を呼んだのだろう。音をたてず扉を閉めて、僕と母は一階へと降りた。
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一階に降りるとテーブルの上に所狭しと薬を作る為の乳鉢や薬瓶などの道具が並べられ
ていて、そこに目を輝かせた薬士の娘が待機していた。懐から薬草の詰まった袋を取り出
すと文字通り飛び上がって歓喜して、一瞬の内にに薬を作り終えてしまった。その勢いで
慌ただしく二階へ上がり、扉を叩きつけるかのように開いて目を覚ました弟の口に漏斗を
突っ込み、完成した薬をどぼどぼと注ぎ込んでいく。それが終わるとやはりあっという間
に道具を片づけて去っていった。その間一時間にも満たない。
突風のような一連の出来事が過
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