あんまりいそいでこっつんこ
ありさんとありさんが――
歌が聞こえる。
陽気な子供のような歌声だ。そういえば子供の頃歌ったこともあったっけなあ。人生の
最期に聞くには、悪くない。
木々の隙間からごく僅かに覗く夕焼け空を見上げながら、僕は意識を手放した。
: :
「あーりさんとあーりさんが」
深く暗い森の中。人間からは「迷いの森」と呼ばれ、彼女たちは「その辺」と呼んでい
る暗苔の世界。その中を、彼女たちは一列に並んで歌いながら歩く。
苔むした大地とそこから伸びる背の低い草を鋭い三対の脚で踏みつけるさくっ、さくっ
という音が、絶妙なバランスで歌のリズムと調和していた。
「こっつん……お?」
歌を続けようとした先頭の娘が、驚きと共に立ち止まった。次いで後ろの娘たちが急に立
ち止まった前の娘にぶつかり、次々と止まっていく。
「アイー! 急に止まんなー!」
「そーいん! そーいんきんきゅーじたい!」
続く後続の文句に半ば被せつつ、先頭の娘が慌てた様子で叫んだ。他の娘たちが何事かと
横へ並ぶと、ざわめきが次々に伝播していく。
そして最後尾の一人が目の前の「もの」を確認すると、全員揃って大声で叫んだ。
「うわーっ人間だーっ!」
そこにいたのは、仰向けになって倒れている人間の男。両足が複数箇所大きく折れ曲がっ
ていて、服の上から血がじっとりと滲んできている。意識も無く、完全に虫の息だ。
「どうしよう! どうしよう!」
慌てた様子で彼女たちは倒れた男を取り囲み、まるで男を中心に円陣を組むような形にな
った。彼女たちに先ほどまでの息の整った統率ぶりはまるで見られず、口々に動揺混じり
のとりとめのない言葉を発していく。
「倒れてる! 意識無いみたい!」
「結構いけてるね」
「カワイイ系だねー」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「死んでるの? 生きてるの?」
「わかんない!」
「調べようよ! 何だっけほら、脈とか見て」
「誰がやる?」
「わたしが!」
「わ、わたしも」
「いや私!」
「私やりま……ああちょっとココノちゃん! ずるい!」
「脈ある、生きてる」
「ほんと? やった!」
「でも足とかすごいことになってる! めちゃくちゃ!」
「あそこから落ちたのかな?」
「よく生きてたねー」
「連れて帰って手当てしよう!」
「おー!」
意思の統一が完了した彼女たちは即座に男を連れて帰るかと思えばそうではなく、誰が男
を運ぶかで再び一悶着起こしてからようやく男を抱えて行進を再開した。
森の中に、再び彼女たちの歌声が響き始める。
: :
ひんやりとした冷たい空気が頬を撫でた。やおら瞼を開くと、荒く削り出された土作り
の天井が視界に広がる。全く見覚えの無い景色だ。
「ここ……どこだ?」
周囲の景色を確認する為に起き上がりかけたその時。足に、鋭い痛みが走った。思わず
うめき声をあげて倒れ込み、頭だけ起こして自分の足へと視線を向けた。
そこにあったのは、灰色の包帯でぐるぐる巻きにされた自分の両足。それを見た瞬間、
それまでの経緯が脳裏に鮮やかに蘇る。
重い病に倒れた弟の具合が悪化してきたこと。その病を治す為にはとある薬草が必要な
こと。
しかしその薬草は凶暴な魔物が棲む迷いの森の奥深くに生えていて、入手の難しさは並
大抵ではないということ。
顔馴染みの兵士や街に滞在していた冒険者たちに頼み込むも、全く取り合ってくれなか
ったこと。
そして早まった僕は一人で森へと飛び込んで……崖に足を滑らせてこうなった。
足が痛まないように慎重に上半身を起こして、周囲の光景に目を向けた。ここは土中を
掘り進んで作られた、地下室か何かのようだ。壁には淡い光を放つ不思議な白い花が光源
として活けられており、僕はそこに分厚い布一枚を敷かれた状態で横になっている。
きっと森に隠れ住んでいた仙人か何かに偶然見つかって、助けて貰えたのだろう。地中
に部屋を作っているのも、恐らくは魔物に見つからないようにしているからだ。
そう結論付けて一人頷いていると、正面にある木製の扉の向こうから足音が聞こえてき
た。丁度いい、助けてもらったことへのお礼を言わなければ。
足音は次第に近づいてきて、そして扉が開く。そこにいたのは……
「おー、もう目覚めてるねー」
上半身は、まるで年若い少女のようだ。やや尖った耳と頭に生える二本の触角以外は、殆
ど十代前半の少女と言っても差し支え無い。
しかし、腰から下は明らかに人とは異なる異形の姿をしている。まるでぬめりを帯びて
いるかのように輝く、おぞましい紺色の蟻の胴体。節のある六本の足は、器用に、且つ不
気味に規則正しく動いている。
ジャイアントアント。おぞましい蟻の化け物だ。こいつらも他の魔物たち同様、
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