「ぅ……ぐ……」
レガートは、薄暗い部屋の中で緩やかに意識を覚醒させた。
ぼんやりと靄のかかった思考回路は未だ鈍く、霞んだ視界はこの部屋の床、壁、天井の大まかな色彩しか写せない。
しばらくそのままで沈黙していたレガートはしかし、ふと脳裏によぎった光景に一気にその意識を持ち直して、慌てて体を起こす……はずであった。
「ん、ぐ!?」
しかしそれは叶わない。
起き上がるはずだったレガートの体は、重厚な金属製の椅子にがっちりと拘束されていた。
背もたれに上体を固定され、腕はその椅子の後ろ側で鈍く桃色に光る枷によって固定され、足首は椅子の足に、見えないが感触からして手と同じように金属の足錠で繋がれてしまっている。
そして、口には白い布を巻かれた轡を咬まされていて、ロクに言葉も発することができない。
(ここは、いったい……)
パニックに陥りそうな心を持ち前の精神力で落ち着かせて、レガートは自由に動かせる首で辺りを見回した。
無機質なレンガ造りの部屋には一切の装飾がなく、光源は天井に吊るされた薄暗いランタンだけ。
通気口と思わしき穴がいくつか空いていて、そして正面には見るからに頑丈そうな鉄扉が聳えている。
(そうか……私は捕まったのか……)
自分の身になにが起こったのかを理解したレガートは、首を垂れて轡を噛み締める。
彼は、ここに連れてこられた原因であろう出来事を想起し、悔しさに身を震わせた。
***
「隊長!これ以上は持ちませんっ!」
「ダメかっ……!」
「よそ見をする余裕があるかぁっ!」
「ぐっ!」
副長クリスの叫びを聞き、敵将のデュラハンの強烈な一撃を受け流しながら、レガートは歯噛みした。
この状況は、とてつもなくまずい、と。
(村は……ダメか……!)
思わず苦悶の声が漏れそうになるのを、レガートは必死で押しこらえ、眼前の強敵に鋭い一撃を繰り出した。
汗に濡れた短い金髪をたなびかせ、祝福を受けた白鉄の剣が、風を切り裂く矢のように邪なるものを貫ぬかんと、と一直線にデュラハンへと突き出される。
「まだまだぁ!」
しかし、その一撃もデュラハンの高い技術によって防がれてしまう。
その程度で体勢を崩すほどヤワな鍛え方はしていないが、体にのしかかる疲労は相当なものだ。
(これ以上はもう無理か……!)
レガートは今日何度目になるかもわからない歯軋りをした。
主神信仰の盛んな反魔物国家メサイア、そしてそのメサイアの栄誉ある第12兵団を率いる聖騎士レガート・ネストロヴィは、警護に当たっていた農村を突如襲撃してきた魔物の大隊によって窮地に立たされていたのだ。
メサイアを導く賢王アリソンは心優しいことでも知られ、新魔物国家の侵攻が絶えないことを憂いて国の支配下にある小さな農村にも定期的に軍を派遣し警備に当たらせていた。
そしてレガート率いる12兵団はメサイアの北東に位置する人口三百人ほどの小さな農村に一昨日付で二ヶ月の警備任務についていたのだ。
そして、突如として侵攻してきた魔物の大隊に襲撃され、今に至る。
250体にも及ぶ圧倒的な数に、二人掛かりでも圧倒される高い戦闘能力、更に連携も取れているとくれば、レガートの指揮する50人程度の小隊では、勝てる通りなどあるはずもなかった。
「せやぁっ!」
「やるな!」
接近し繰り出した、素早くそれでいて力強い一撃をまたも防がれる。
デュラハンの反撃の盾殴打に天才的反応速度で対応したレガートは、自ら倒れこむように体勢を崩しその一撃をやり過ごし、そしてそんな無茶な姿勢からもなお強力な斬撃を下から『振り下ろす』。
「おおっ!?」
さしものデュラハンもレガートの予測不可能な動きに防御に回らざるをえず、一時的に動きを固められる。
そこを逃すまいとレガートは攻勢に転じようとして……
「っ!?」
魔力の乱れを肌で感じ、とっさにその場から飛んで離れる。
その直後、見るも憚られる桃色の触手が地面を突き破り、先ほどまでレガートがいた場所を突き抜けていく。
「あぁん、また外れちゃった。本当に強いのねぇ」
貴重なチャンスをフイにされて、レガートは歯噛みした。
敵の副将たるサキュバスの的確な援護が、先ほどからずっとレガートの邪魔をし続けているのだ。
「本当に大したものだ……だが、お前一人だけで我らの勢いを崩せるか?」
(確かに、このままではジリ貧だ……)
敵の隊長と副長を単騎で抑え続けるという奮闘を見せていたレガートだが、これ以上は持ちそうにないと唸る。
自分ではない、村が、隊が持たないのだ。
すでに村のほとんどが魔物の集団によって蹂躙され、男は魔物に跨られ貪られ、村娘たちは魔物へと変えられてしまっている。
もう、決断するしかない。
「クリス!!」
「っ……はい!」
副長の
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