アディリーヌ・ラ・ド・アレクサンドルは、常闇の不死者の国に聳える『退廃の華城』クワンストゥジュールの最上階の窓のふちに手を置き、外の景色を眺めていた。
死者であるにも関わらず酒気で火照った彼女の頬を、不死者の国に吹く優しく凍える風がそっと撫でて、傍らの漆黒のカーテンがふわりと揺れる。
それすらも愛おしく思えるほどに上機嫌な彼女は、いつも通りに城下を照らす赤色の月を見つめた。
己の瞳と同じような、暗黒魔界に昇る赤月。
教団関係者ならば滅びの予兆とさぞ嘆くことだろうが、アディリーヌからすれば見慣れたこの月の色合いは情熱的な愛の赤という認識である。
コンコンコンコンと、聞きなれたノックの音にそっと部屋の中へ視線を戻したアディリーヌは、扉の向こうから漂う何よりも大切な人の精の香りに目尻を下げて、美しい唇の端をそっともちあげた。
「入って、ルキゥール」
「失礼いたします」
アディリーヌの言葉を聞き届けてから開いた扉の先には、灰色の髪に褐色の肌をもつ男性が佇んでいた。
アディリーヌより頭一つ分ほど高い背丈に、独特の装飾で飾られ、喪服にも似たデザインの執事服を違和感なく着こなしている。
「お水をお持ちいたしました」
「うん、ありがとう。ちょうどよかった」
彼がテーブルに音もなく置いたピッチャーと華奢なグラスを見て、アディリーヌは小さく微笑んだ。
今日は、アディリーヌの誕生祭として多くの貴族たちが集まるパーティが開かれていたのだ。
愛と快楽に生きる魔物娘たちの中でも、一際刹那的で破滅的な価値観を持つアンデット系の魔物たちは、スキあらば何かと駆けつけ踊り騒ぐ癖がある。
アディリーヌの統治する不死者の国でその当人の誕生日が訪れるともなれば、みんなして騒ぐのも無理もないというものだ。
「お酒を飲みすぎて、喉が渇いていたのよ」
祝いの宴会が始まった直後から多くのものたちに祝いの言葉とプレゼントともに大量の飲酒をすることになったアディリーヌ、ワインボトルをゆうに4本は開けたであろうほど飲まされて、流石にクラクラきていたところだ。
「っ、では、お注ぎいたします」
ルキゥールは彼女の笑顔に少しだけ頬を染めた後、顔を引き締めて華美なグラスに静かに水を注いだ。
中に氷の入ってよく冷えたウンディーネの天然水は、魔界でこそありふれた代物だがアディリーヌがよく好むこれは特に上質なものが仕入れられている。
「うん……ルキゥール、少しお話がしたい気分なの、あなたも座りなさい」
「かしこまりました……」
ルキゥールの注いだ水が入ったグラスを受け取り、アディリーヌは微笑んだ後に彼を対面の椅子に座るよう促した。
これはいつものことであり、彼も慣れた様子で椅子に腰掛ける。
「ふふっ、今日の祝宴は楽しかった。アリソン様ってばあんな高価なドレスをプレゼントしてくれて……見た?あれ。随分と胸のサイズが小さかったわ。まだ懲りてないのよ」
「っ、アディリーヌ様っ」
「うふふふ、ごめんなさい」
はしたない話題にルキゥールは顔を赤らめながらも注意すると、アディリーヌはからかう様にくすくすと笑った。
これもまた、いつものことで、ルキゥールの悩みの種だ。
「でもこれ、割と切実な悩みなのよね……アリソン様毎年そういう服を贈ってくれるけれど、捨てるわけにもいかないし、かといって人前で着るにはちょっと……その、あれだし。量もどんどん増えてきてるし……」
「それはまぁ、確かに」
困った様に細くきれいな眉を顰めたアディリーヌに、ルキゥールも同意して頷いた。
いたずら大好きなあの友人が贈ってくる服はどれも過激でおまけに毎度のごとくバストやヒップサイズがプレゼントされた人物のそれに比べて小さい。
豊かなバストを持つアディリーヌがあんなものを着てしまえば、露出の多いデザイン故にスリットからはふとももが、そしておへそが丸見えだし、胸に至っては……
「……」
そこまで考えてルキゥールは己の頭を振って煩悩を振り落とした。
彼には刺激の強すぎる妄想だった。
「どうしたの?」
「いえなんでも」
アディリーヌが首をかしげて問うてくるが、答えられるわけもなくそのまますっとぼけた。
そう?と疑問符を浮かべつつもアディリーヌは納得し、手元のグラスの中身を静かに口に運ぶ。
その優雅な仕草にいつもドキリと跳ねる心臓に、いい加減慣れろとルキゥールは自重した。
「ところで、ルキゥール」
「はい」
「私は、今年も貴方からのプレゼントを期待していいのかしら?」
にこりと微笑むアディリーヌに、ルキゥールは顔を俯かせながらも静かにハイと答えた。
アディリーヌの誕生祭を祝った後のこのやりとりは、もはや定例と化している。
最初にアディリーヌからプレゼントを希望されたのは、11年前に彼が彼
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