目を覚ました彼は、突然なんだかとても空虚な感覚に襲われた。
ひどく疲れて眠りにつくとき、腹に大穴が開いた様な虚無感、あるいは寝不足が酷いときに頭の中に空洞ができた感覚。
それと似た様な、胸の内側に大空洞ができた様な虚無感だ。
思わず胸のあたりを弄って穴が空いてないか確認する。
どうやらその心配はない様だ。
「おはようございます、ご主人様」
すると彼の寝室の扉が開いて、彼の大切なメイド、キキーモラのエレナが深く頭を垂れていた。
昨日は疲れて帰ってきたからろくに会話もしなかったなぁと思いつつ、ふと彼は無性にエレナを抱きしめたくなった。
エレナの名を呼び、彼は自分の近くに寄る様に言う。
「? はい、承知いたしました」
ブーツの様な蹄の足でしかし音を立てずに静かに歩み寄ってくるエレナ。
自分の手が届く位置まで来たとき、たまらず彼はエレナの腰に手を回し力強く抱き寄せた。
「ひゃっ」
抱き寄せられたエレナは可愛らしい声をあげながら、なすがまま抱きしめられる。
ベッドに腰を下ろした姿勢故にお腹に顔を埋められて、少し恥ずかしそうだ。
「ご、ご主人様?」
しばらくこうさせてくれと端的に伝えると、彼はエレナの腹に顔を押し付けてゆっくりと呼吸する。
突然だったから驚いたものの、エレナも慈愛に満ちた顔で愛しの主人の頭に優しく手を回した。
「しばらくとは言わず、いつまででも……と言いたいのですが、お湯を火にかけてありますので、少しだけですよ」
頷く仕草をお腹に感じて、エレナは主人の頭を優しく撫でてやる。
主人の方も、エレナのほっそりとくびれて、なのに不思議と柔らかいお腹にメイド服越しにスリスリと鼻先を擦り付ける。
エレナと彼はすでに幾度も体を重ねてきているが、この様にお腹に顔を擦り付けられるのは初めてで、エレナも少し恥ずかしかった。
「んっ……ふふっ、ん、もう……」
腰に回された大きな手の指先がエレナの脇腹をつついて、細い腹筋が刺激されて思わず笑いをこぼしてしまい、エレナは少し膨れてむぎゅうと主人の顔を優しく腹に抱きよせた。
主人の方もより強く抱きしめて、エプロン越しの体温と自分の体温が深く繋がっていく。
「……ご主人様、そろそろ」
ポンポンと優しく後頭部を叩かれて、彼はようやくエレナのお腹から顔を離して立ち上がった。
うー、と名残惜しそうに一つ唸ると、エレナの額に口付けを落とす。
「んっ、改めて、おはようございます。朝食の用意ができていますよ」
エレナの言葉に返事を返した彼を見届け、エレナは紅茶の用意をしに一足早く部屋を後にする。
彼は自分の胸板に手を当てた。
さっきよりましだが、まだ、空虚感が消えない。
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「お粗末様でした」
相変わらず美味しいエレナの料理を堪能した彼は、食後の紅茶を口に運ぶ。
いつもより若干熱い、おそらく彼のせいだ。
なのにいつもと同じ様においしく仕上げているあたり、エレナの非凡さを感じる。
エレナの淹れてくれた、温かな紅茶。
胸の奥がほんのりと熱を持って、また少し空虚さが埋まるけれどまだまだ足りない。
彼はまた、エレナの名を呼ぶ。
「なんでしょうか、ご主人様」
彼は今日、自分の仕事が休みであることをエレナに伝えた。
エレナも当然それは承知している。
だから今日起こす時間はいつもより遅かったのだ。
彼は故に、今日はわがままになる。
今日1日は、たっぷりイチャイチャしよう。
臆面もなく言い放つ。
「い、イチャイチャ……です、か?」
彼の言葉にエレナはうっすらと頬を桜色に染めた。
否定する気は毛頭なく、むしろ主人に求められればいつだって応えるのがキキーモラ、ひいてはエレナである。
リビングのソファに深く腰掛けた主人の拡げられた腕に、食虫植物に引き寄せられる様にフラフラと歩み寄るエレナ。
朝と同じ様に腕の届く範囲に来たが、その腕はエレナを抱き寄せない。
コクリとエレナは小首を傾げたが、すぐに思い当たり、殊更に頬を染める。
エレナは自分の纏う装束、ロングタイプのメイド服のスカートの端をつまみ恥ずかしそうに持ち上げる。
「……いじわる、です」
白く細いふくらはぎ、膝頭まで露出する。
足首から少し上までは硬質の鱗で覆われているも、その上から先は人間のものと比べてわかる様な違いはない。
「失礼、いたします……」
そしてエレナはゆっくりとソファに膝をつき、彼の体に覆いかぶさる様にのしかかった。
ロングスカートをつまみ上げたのはこうしないとうまく彼の足の上に股がれないからだ。
そしていよいよ主人がエレナの背中に背を回し、優しく抱き寄せた。
「んっ……」
エレナの体が密着する。
彼の首筋に顔を埋めたエレナはすんすんと浅く早く愛しの主人の香りを嗅いでいる
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