求める者たち

 鬱蒼とした森の中を二人の男が歩いていた。
 視界は悪く、道も整備されていないので、男たちは何度も木々を回り込んで進んでいる。 茂った木々が太陽を隠しているが、長時間の移動による激しい疲労と、出口の見えない不安で、男たちは身体中ぐっしょりと汗をかいている。 後ろを歩いている若い男は、何度も袖口で顔を拭っていた。
 先を歩く男も、油断なく辺りを見渡しており、慎重に歩を進める。 少し歩いては立ち止まり周囲の気配を調べ、また歩いては、止まって後ろにいる男がついてきているか確認している。 慎重に慎重を重ねるが、決してそれは無意味なことではない。 季節は秋。 ここは腹を減らした野生の狼や獰猛な猪、冬眠に向けて食糧を胃に貯め込もうとする熊が出る危険な森であった。


「うし、今日はここで野宿だ。 ナーレン、よく頑張ったな」
 先に根を上げたのは30半ばの年嵩の男だった。 かさばった荷物を地面に下ろし、自身も大地にあぐらをかく。
「はぁはぁ、ぜぇ……ラウドさん。 もう少し先に進みましょう」
 少し遅れてナーレンと呼ばれた20そこそこの男が、ラウドに提案する。
しかしラウドは首を振りナーレンを見据えて言った。
「もうすぐ日が暮れる。 これ以上歩いたらお前の身体が持たないし、唯一の休憩出来そうな場所を捨てるわけにもいかん」
「僕は大丈夫ですよ」
「医者の不養生とはよく言ったものだ。 鏡で今の自分の姿を見てみろ。 アカオニよりも顔が真っ赤だぞ」
 その言葉にナーレンは苦笑する。 この叔父が誇張して物事を言うのはよくある事だが、心配してもらえるのはありがたい。 実際にナーレン自分もすでに限界近かったので、頑なに意地を張らず大人しく叔父の言う事に従う。
 ナーレンは膨れ上がっている荷物からコップを二つだし、疲労を取る効果のある粉末を入れてラウドに差し出した。 ラウドは露骨に嫌そうな顔をしたが、ナーレンはしてやったりとばかりに笑顔を浮かべ、ラウドの手に握らせる。
「これ苦いんだよなぁ」
「ジパングに良薬口に苦しという諺があります。 その分効果は保証しますよ」
「まぁ仕方ねえかぁ」
 叔父のまじぃという言葉を聞きつつ、ナーレンも口をつける。 苦みと独特の青臭さが口中に広がるが、彼自身も疲労が濃い時に何度か飲んだ事あるので、構わず飲み干す。
「うー、気分がわりぃや」
「気のせいです」
「ひでぇ医者がいるもんだ。 目の前で苦しみ病人を見て見ぬ振りしやがる」
「まだ見習いですよ。 それにラウドさん、病気にかかった事ないじゃないですか。 うちに来たのは、遊びにか奥さんが産気づいたとき時ぐらいしかないですよ」
 そう言ってナーレンも地面に腰を下ろす。 そして腰に吊り下げていた口紐のついた小さな袋を開くと、ラウドもそれに気づいたのか、ベルトに吊けたナーレンと同じ袋を取り出す。 ラウドのそれは、幼い子供が書いたような、決して上手くはないが温かみのある3人の親子の絵が描かれている。 裏側には小さな文字で「パパ、頑張って」と書かれていた。
「だいぶ匂いが落ちているな」
 ラウドが眼前でぷらぷらと袋を揺らす。 その日の午前には酷い臭気を放っていた魔物避けも、下げて半日も経った今、匂いもかなり薄れていた。
「半日吊り下げていましたからね。 火の用意をお願いします」
 ラウドから袋を受け取り、両方の袋から中身を取り出す。 中身は粉末状で、少量の水をしみ込ませた後、手で揉みほぐし始めた。
「いいぞ」
 ラウドが薪にしっかり火がついた様子を確認し、低い声で言った。
 ナーレンは固形状になった粉末を細長く伸ばした後床に置き、慎重にそれの先に火をともす。 ゆっくりと小さな煙が上がり、周囲に鼻を刺すような匂いが広がる。
「くっせぇ! さっきの青汁の10倍は臭いぞ!」
「僕もこれは慣れないです……」
 二人は涙目で悶えながら、鼻が匂いに慣れるのを待った。


「どれぐらい進みました?」
「およそ道程の8割ってとこか。 明日には森を抜けてアテカ草原にでるぞ。」
 なんとか匂いに慣れ始め軽く食事を取った後、二人は明日の予定を確認する。
「やっこさんの居場所は?」
「日が当たりつつ、乾燥のしていないところ。 後、おそらくですが人があまり来なさそうなところですね」
「そうか。 見つかると――いや、明日は絶対に見つけないといかんな」
 そう言って、ラウドは黙り込んだ。 ナーレンもラウドの気持ちを理解しているのか、彼の邪魔をしないように、焚き火に視線を移した。 パチパチと火花が踊るのをぼんやりと眺めながら、ラウドはポツリとつぶやく。
「ロッテは、大丈夫だろうか」
「……薬はまだあります。 兄が診ているので、ロッテくんも、村の皆もまだ大丈夫なはずです」
「そうか」
 ラウドは無事という言葉だけ聞きた
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