「なぁ…やっぱりこれは迷ってるんじゃないか…?」
「いいえ、迷ってなどいません」
その、大男の問いに対して表情を変えることなく、やや早口で彼…スピットはそう答えた。
「でもなぁ…予定だと日の暮れる頃合いにはもうこの森を抜けて、次の町にたどり着いてるはずだったんだが…」
「それは、あなたの予定であって私の予定ではありませんよ、オディ」
オディと呼ばれたその男の再びの問いに、スピットはやはり表情を変えずに早口で答えた。
「あなたは誤差というものを予定にいれていないのです。私の想定した予定では、この森を抜けるのに±3日の誤差が出ると踏んでいました」
「いや、−3日の誤差はおかしいだろう…」
オディはため息を吐きながら(実際には吐けないのだが)スピットの言い分を聞いていた。
「…それで、ルースはどこをほっつき歩いているのです?」
「あぁー…むしろほっつき歩くっていうよりはなぁ…」
「そうですね。物事は正確に言わないといけませんね。彼はどこをほっつき飛び回っているのです?」
スピットがあるかどうかも疑わしい言葉を言いつつ、もう一人の同行者の所在を気にしていた。
と、次の瞬間であった。
いやっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!
「………」
「ああ、帰ってきたようですね」
そうスピットが言うと同時に
ガサッ、ガサッ!
ひゅっ!
すたん!
小気味よい音を響かせて、頭上から身の丈以上ある槍を携えた男が降ってきた。
「おかえりなさい、ルース。それで? 首尾の方は」
「んー? 首尾? …楽しかったぞ!」
最後の同行者であるルースが、答えになっていない返答をした。
それに対してスピットは怒りを見せるでもなく呆れるでもなく、ただ淡々とこう言った。
「なるほど。では質問を変えましょう。森の出口と思わしきものは見つかりましたか?」
「そんなものはない!」
「ありがとうございます」
やはりまったく表情を変えずにスピットは礼を言ったが、ルースの返答はある明確な事実を彼らに突きつけることとなった。
「オディ、ルース。遭難しました」
「いや、最初から遭難してるんだよ!」
―――――――――――――――――――――――……
彼ら、ルース、スピット、オディはそれぞれに人として大切なものを欠いた者同士であった。
ルースは『魂』を
スピットは『心』を
オディは『体』を
彼らは誰が仲を取り持つでもなく自然と惹かれあい、誰が言うともなく自然と旅をするようになった。
彼らに明確な目的はなく、それぞれがそれぞれを補いあうために旅をしていたのだった。
そんな彼らだが、今はとりあえず北の鉱山地帯に行こう、ということになっており、今いる森を抜ければちょうどその目的の鉱山街が目前というところであった。
その森において、彼らは迷子になってしまったのだった。
「ではとりあえず、みなさん遺書を書いてください」
「いや! 早いよ! スピット、お前あきらめるのが早い!」
とりあえずオディがツッコんだ。
この面子の中で、天然なルースと、ド真面目なスピットのボケに対するツッコミは彼しかいないのである。
「スピット! かけたぞ!」
「ルース! お前はまじめに書いてるんじゃない!」
というよりは完全に保護者である。
確かに年齢で言うと、彼らの中でオディが一番の年上なので間違ってはいないのだが
「オディ。あなたは何を不思議に思っているのです? こういう事態において、常に最悪の事態を想定するというのは冒険において基本中の基本なのではないですか?」
「確かにそうだがなぁ!」
ああ、前に立ち寄った村は随分気楽で済んだのに…あのアッシュとかいう小僧がここにいてくれたらなぁ…
オディは心の中でひそかに懐かしんでいた。
ボケしかいない空間ほど辛いものはないのである。
「それにオディ。完全に夜も更けてしまいました。今私たちができることはここで座して待つことしかないのですよ」
「確かにお前の言う通りだが…」
「やはりオディは肉体が無いせいで論理的な思考をまとめることができないのでは? 一度でいいのであなたの思考プロセスを理解するために、あなたを分解したいのですが」
「やめろバカ!! 俺の体は絶対にお前には触らせたくない!」
「なるほど、心があるくせにその心は狭いのですね、オディ」
「ぐっ! …お前なぁ…」
言い返そうとしたが、彼の口から発せられた言葉は、彼自身が思うより重い言葉だった。
スピットは心が無いので、自らの感情というものが常人と比べて著しく薄いのであった。
それは、いわゆる感情の抑揚が小さいという言葉で表し切れるものではない。
感情自体が無いと言っても過言ではなかった。
その彼の口から心に関する軽口が飛び出したのだ(スピットは大真面目だが)
その
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