意志の疎通を図ることは、様々な生物が行っている、ごくありふれた行動の一つである。
しかし、その手段に関しては、やはり種によってさまざまな多様性が見て取れる。
動きによってエサのありかを教える、匂いによって縄張りを主張する、また体色によって警告することも意思疎通の手段の一つだと言えるだろう。
その中でも、人間が持つ”言語”は、人間だけが使いこなしている独特の意思疎通の手段だと言えるだろう。
言葉は、直接、間接を問わず、音声だけでなく、文章という形をとることによっても、情報を伝えることができる大変便利な道具である。
また、言葉はその組み合わせによって、実に様々な情報を伝えることもできる。
そして、言葉を使って遊ぶことや、人の心を攻撃することすらできる。
まさに万能の道具と言ってもいいほど、言葉というものは自由度が高いのである。
しかし、言葉は便利な道具である反面、習得するためには膨大な労力を必要とする。
通常であれば、幼少期に精神が発達していく過程において、自然と身につくようになっている。
また、脳機能の面から見ても、言語習得は幼ければ幼いほど容易である、という研究結果も発表されている。
だが、これが脳が成熟しきった大人になってからであれば話は別である。
母国語以外の言葉を習得するということは、相当なエネルギーを費やさねばならないのである。
それほどまでに、言語の習得というのは難しくもあり、そして、その苦労に見合っただけの価値があるものなのである―――
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「えーっと……『あなたがたに、集まって、感謝、する。私は、これから、〜〜の〜〜をお話ししようと思っている』この単語どういう意味だっけなぁ……」
さっきからこんな調子で、一文読んで、詰まってはノートをめくって、該当する単語を探しています。
「ああ……”推理”と”結果”か……開始2ページでもう種明かし開始とか、どんな探偵モノだよ……『クラリスを、魔物に、した、〜〜』……まぁ”犯人”かな、たぶん『犯人は、この中にいる。それは、あなたです、〜〜〜のソラリス!』……ソラリス何なんだよ……あ、この単語まだ習ってない……」
決めた。もう二度と映画の字幕スーパーとか、ゲームのローカライズに文句は言わない。
ナマ言ってすいませんでした。
翻訳者さん、あなた方は本当にすごいお方だったんですね……
あ、僕が何やってるかって?
それはもちろん、言葉の勉強ですよ。
現地の言葉を理解できなきゃ、ろくな生活送れませんからね。
こうやって、空いた時間はこの世界の言葉を覚えることに費やしているのですよ。
二か月前、僕は特に理由もない異世界転移に遭遇して、ひょんなことからバフォメットのウルさんに助けてもらいまして、ウルさんのうちに住み込みのお手伝いとして居候させていただくことになったのです。
さて、そんな風にして始まった強制的異世界留学ですが、この生活を始めるにあたって、僕に圧倒的に足りてないものがありました。
それは何かといいますと、一言で言えば”語学力”です。
たとえば”英語がしゃべれない”という人だって、自己紹介とか挨拶とか、簡単ないくつかの単語ならわかるでしょう? 僕だってそうです。
大体、母国以外の国に行こうと思ったら、ふつうは現地語の一つや二つ覚えて行くもんでしょう? 買い物のときになんて言うかとか、”駅”はなんて読むかとか、普通は覚えてから行くもんです。
ですが、ここに来た当初の僕は、この世界の言葉に関して、まったく何もわからない状況でした。
相手が何を言っているかもわからない、聞き取れない。
自己紹介と挨拶すらできない、しゃべれない。
挙句、文字すらわからない、読めない。
「聞けぬ、言えぬ、読めぬ」の三重苦でした。
ということで、異世界の生活でまずはじめにやることは「言語の習得」だと決めました。
ウルさんも、家の手伝いを覚えるよりも先に、言葉を覚えてもらわなければと思っていたようで、僕にこの世界の言葉を教えてくれました。
最初に小声でなんか言ってた気もしますけど。
あとから考えると、あれは『ぐふふ……この魅惑の個人レッスンでシンジを……』とか言ってた気がします。
気のせいであってほしいです。
とにかく、語学のレッスンをしてもらったのですが、これがまた簡単にはいかないんですよ。
まず、外国の言葉を覚えようとしたら、アルファベットとか、ひらがな、カタカナを覚えるみたいに、”文字”から覚えるよね?
まぁ、これは問題なかった。
ウルさんが、文字の読み方、書き方をちゃんと教えてくれたからね。
やけに密着してたけどね、手と手を取り合って文字の書
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