春の第一月 23日目 私はとある中立国に雇われている記者で、国のお偉方の命令で親魔物領に行き、その土地や風俗、さらにいえば魔物について調べるためにその中立国から北西に向かった山岳地帯の町『トランシド』へと行く事になった。『汽車』という乗り物にも慣れ (注釈:魔物の技術者が発明した炎の魔力で蒸気を起こし、その力で動く巨大な鉄の塊のような乗り物。) 、私はゆっくりとした汽車の振動を体で感じながら座席の横から見える絶景を堪能していた。切り立った山々に囲まれた雄大な湖、その麓には湖から魚を採って生計を立てている漁師町がある。そしてそれらを照らす雲の切れ間から零れる穏やかな春の陽光がその景色をより美しい物へと変えている。いくら仕事とはいえ、ここ最近は机に向かう仕事をし過ぎた。今回の取材は小旅行のように楽しいものに感じる。
太陽がちょうど空の中央に輝いている頃。先ほどまで遠くに見えていた
漁師町に汽車が止まった。この乗り物の運転手から聞いた話では、汽車というものは一定距離を走るたびに燃料や食料などの物資を詰め込んで、汽車自体も整備をしなければならないようだ。馬車や徒歩で旅をするよりも格段に便利な道具が発明されたと思っていたが、そんな乗り物でも欠点はあるものだ。
まあ、この町で停車したのは幸いだろう。トランシド行きの汽車が
発射するのは1時間後。それまでに軽く昼食を取ろうと思う。そうだ。
この町を散歩しながら郷土料理の一つでも楽しもうじゃないか。
この町、親魔物領土の町『スワンナル』を。
『 1話前編 〜出会いはいつも突然〜 』
石造りの煉瓦で整備された歩道を歩きながら、私は町の北東にある駅から商業地区のある東側(南北の軸では中央側、東西の軸では東側)までの街並みを眺めていた。この町を一言でいえば『活気のある港町』だろう。私はここに来るずっと昔、港町にも取材をしたことがあったが、食べ物や貴金属などの貿易品や様々な人間の往来、そんな『流れ』が町全体を活気づかせていたのだ。その雰囲気をこの町にも感じる。湖で採れた新鮮な魚や、山の近くで採れたであろう色鮮やかな果物、灰色の不気味な模様がついた茸 (恐らく薬の材料か?) 等が汽車の後ろについている四角い倉庫のようなものに詰められ、私が乗っていたものとは違う行先に向けて走り出そうとしている。その駅にいる人々は、子供が都へと旅立つのを見送る家族連れだったり、寝過ごした様子で急ぎ荷物を手に持ち、汽車から出ていく純朴そうな若者や、険しい顔つきで物資の確認をする初老の男性。様々な思いを抱く人々が行き来するこの町は『港』であると私は感じた。
「……そこのお兄さん、少しよろしいですか?」
駅から少し離れたところを歩いていた私は何者かに声をかけられた。少しだけ子供らしさを感じるが、感情の抑揚が少ない声だ。その場にあった音は離れた所から聞こえる人々の声と湖から運ばれてくる涼しい風の音のみ。彼女の声は良く通った。私が振り向いてその女性の顔を見ると、彼女はは凛とした表情で言葉を続ける。
「私の名前はルーシー・ドルキューレ。ルーシーでいいです。私は
トランシドという町に用があってここまで来たのですが、この町の
地理に詳しくないのです。見たところ貴方は旅に慣れていそうですから、
私も貴方に着いていってよろしいですか?」
「……」
この少女は何を言っているのだろうか。新手の口説き文句か?と
一瞬だけ思ってしまったが、私は自身の容姿が特別優れている訳ではないし、身に着けている服もよれよれだ。対してこの少女は道を歩いただけで多くの人が振り返るような美人である。シックで洒落た黒いマントと帽子を纏い、
切れ目の赤眼、色素が薄いのか少し白みがかった金髪と、透けるような白い肌、そして黄金比率のように整った顔。これだけでも十分に人を魅了するような人物だが、顔のすぐ下に視線を合わせると彼女の乳房に釘付けになりそうになる。包容力と母性に満ちたその双丘は、服の下からでもその存在を十分に主張している。そして彼女の服は腹部を隠すことを放棄しており、下半身には股間だけを隠すようなズボン、所謂『ホットパンツ』を履いており、それとひざ下までの長さがあるブーツの間にある磁気のように白く滑らかなふとももは、思わずむしゃぶりつきたくなる衝動に駆られるほどに官能的な美しさを
感じる。
それらを鑑みて私が出した結論は……。
「いや、悪いが私も暇では無いのでね。断らせていただく。」
彼女の誘いを断るという事だ。そう思う原因は彼女が出してくる尋常ではない『色気』にある。恐らく彼女は魔物だ。それもサキュバス等、性欲をかき乱すことに特化したタイプの種族だろう。私は今までにも何体かの魔物を見てきた。ホルスタウロスの
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