ナゲキのキノコは誘う香り

とある休日の昼頃、俺こと耶麻田貴士はマンションの自室で寝そべり
ながら最近買ったマンガを読み漁っていた。何事もなく過ぎていく
日常に若干の倦怠感を感じつつだらけ続けていた頃……


ピンポーン

玄関のチャイムが鳴り、凛々しい少女の声がドアの向こうから
聞こえてきた。

「申し訳ありません。実家から送られてきた食材が一人では
食べきれない程なので、おすそ分けに参りました!」

「あっ、はーい」

俺は生返事をしつつ起き上がり、玄関に向かった。



がちゃり

ドアの向こうには見慣れた顔があった。

「おはようございます貴士さん、いつもすみません……うちの親は
 何でか大量の食材を定期的に送ってくるのです。」

「いやぁいいよ、こっちだっていつも貰ってばかりで悪いねえ」

青白く滑らかな肌に、確かな意思を感じさせる金色の瞳。人ならざる
美しさを持つ彼女の名は『東山桜』。この辺りの女子高に通う高校
2年生で、落武者というアンデッドの魔物娘だ。無論魔物と言っても
「オレサマ オマエ マルカジリ」とか言いながら襲い掛かってくる
ようなことは無く、むしろ彼女は人間の比じゃないくらい勤勉で
真面目な女の子だ。

「そんで、中身はどんな物が入ってるのかな?」

「はい!これは
lt;アンデッドハイイロナゲキタケ
gt;というキノコで
 名前と見た目は物騒ですけどとても美味しいんですよ!」

「はっはっは、名前はともかく見た目が物騒なキノコってなんだい」

俺はダンボールを開き中身を見る。




「ぐぇえ……」

「ね、物騒な見た目でしょう?」


灰色のキノコのカサにでかでかと浮き出ている模様、亡者が嘆く様を
キノコにプリントしたかのような柄に俺はビビった。そしてキノコが発する
気迫のような何かに2度ビビった。このキノコ、殺るといったら殺る凄味が
あるッ!……とでも訴えかけるかのように全神経がこの茸を食べるなと
囁きかける。


「見た目はアレですけどとてもおいしいんですよ!私の実家ではこれを
 お吸い物にしたり、ちらし寿司にも使ってたりしたんですよ!
 懐かしいなあ……」


だが桜ちゃんこの表情、仕草を見て、男としてここで引き下がれるか?
据え膳を食わずに礼儀すら守れぬ男を男と呼ぶだろうか?

否!断じて否!

俺は普段からこの娘からたまに食材を貰う事で、豊かな食生活を送ることが
出来ていた……この娘の大好物を貰いながら、それを突き放す事なんて
出来るわけがない!

「ありがとう桜ちゃん、美味しく食べるから」

「本当ですか!正直、人間の方にはこの見た目が受け付けないと思って
 いたので不安だったのですが……喜んでいただけてよかっ」

ぐぅー……

桜ちゃんのお腹から、空腹を訴えかける腹の虫の叫びが聞こえた。


「あっ、へっ……申し訳ありません!私ったらはしたない真似を……」

そして赤面しながら涙目になるこのコンボ。正直反則である。



そして俺は思い立った。

「桜ちゃん、良かったらウチでご飯食べていく?」

「……え?」



この娘に最高のキノコ料理を食べさせてあげようと。
今まで俺の生活を支えてくれた彼女への惜しみない感謝、そしてなにより
この娘が俺の作る料理で笑顔になるその瞬間が見たい!そんな行き当たり
ばったりな言葉に、彼女は花が咲き誇るような笑顔を見せてくれた

「いいんですか!」



「おうよ!伊達や酔狂で青春を丸々料理の勉強に費やした訳じゃあないって!」

「私、お料理が苦手なんです。せっかくの大好物もろくに生かせないまま
 どんどんと鮮度が落ちていくのかなって思ってたんですけど」


「貴士さんのおかげで、久々に美味しいご飯が食べられそうです!」





……家の中に入り、ワクワクしながら座椅子に座る桜ちゃんを一瞥した後
台所へと入る。ここは男の戦場だ……と知り合いのアマゾネスが言っていた。

そうしてこのアンデッドハイイロナゲキタケ……と言ったか、
見た目はアレだが、独特のバターのような香り……コレを和風料理にして
美味しくいただけるなんてどんな味なんだ?

今になってこの茸に関する特集が組まれていたのを思い出す。
……ヴァンパイアのお嬢さん辺りが好んでた洋風なきのこだ。



ん?和風でも洋風でも食べれるのか……そうだ!
多少創作料理になるが……





「完成したよ。名付けて鮭とナゲキ茸の和風クリームパスタ!」

「うわぁ……凄いです!」


目を輝かせながら全身で喜びを表す桜ちゃん。見かけはクールでお堅い印象を
持たせるような彼女だが、口を開くとその印象をぶち壊すような……
冷静で厳格に努めようとしてずっこけてる半人前の女の子だと思う。
ようはかわいい。


「それでは、いただきます!」

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