1日の仕事がうまくいくかどうかは、出勤前に何があったかも重要だと思う。
そういう意味で言えば、私は今日これからの仕事に全力で挑めそうにない。
「お姉さん、耳が特徴的だから魔物娘でしょ。だったら俺とイイコトしようよ」
いつも出勤に使っているルート上、どうしても一通りの少ない場所を通らなきゃいけない私は、その日は運悪く面倒な男に絡まれていた。
魔物娘ならいつでも誰でもエッチなことをしてくれる。昔はもっと多かったらしいけど、現代にもこんな考えをする男はいるらしい。
伸ばされた手を叩いて拒絶の意思を示すと、それまでヘラヘラと笑っていた男の顔が不機嫌なものになった。
「なにそれ。あり得ないっしょ。近くに男がいないってことは、お姉さんまだ独身ってことだよね。だったら良くね」
「勘違いしてると思うけど、魔物娘だからって男なら誰でもいいわけじゃないから。少なくとも私はあんたみたいなのはお断り」
意地でも掴もうと襲いかかる男に足払いをしてそのまま倒れさせると、早足に私はその場を後にした。
「それで朝からそんなに不機嫌なのね」
私がお世話になっている護身術教室のスタッフルームで、オーナーはお茶を入れながらそう言った。
今はすっかり日も落ちて、夕方ののんびりとした時間だ。
今日は朝の出来事があって、会員さんの指導にいつもより熱が入っていたように思う。
「それはそうですよ。まったく、ただでさえ男に会うのが嫌なのに、よりにもよってあんなタイプだなんて」
「エレザちゃんも本当珍しいわね。魔物娘なのに男が嫌いなんて」
「別に嫌いってわけじゃないです。ただ、あんまり会いたくないだけです」
差し出されたお茶を飲みながら、私はため息をつく。
エルフである私は、元々家族や集落の皆と一緒に森で林業を営んでいた。しかし森の奥で暮らしているだけでは男がやってこない現代では、年頃になった娘は都会に出て過ごすことになっている。お母様もそうしてお父様を見つけて里帰りしてきたらしい。
家で両親の姿を見ながら育ってきた私は、幼い頃は羨ましいと思っていた。
けれど大きくなるにつれて、エッチなことしか興味がない男は好みではないと思うようになっていた。
「そういえば今日はあそこに行く日でしょ。どうなの、何か進展はあった」
「いえ、進展とか別にそういうのはないです。というか、たぶん私の条件じゃ誰も来ないと思いますよ」
身支度を整え、私は仕事着から普段着へ着替えると、挨拶をして教室出た。
この街では結構大きな施設の1つらしい「まもむす結婚相談所」。そのロビーで私はのんびりと椅子に腰を掛け、雑誌を読みながら順番待ちをしていた。
都会に出たら、自由に働きながら暮らそう。そう思っていた私の計画は、集落の決まりで勝手にここに登録されていたことで崩れようとしていた。
いきなり都会に出たはいいものの、男の探し方がわからない子がいるだろうとの配慮から、集落を出る子は行き先にある相談所に登録するらしい。
「エレザさーん、いますかー」
興味なさげに雑誌をめくっていると、私の名前が呼ばれた。
「お久しぶりですね。ここを介する間もなく、自力で相手を見つけたのかと思いましたよ」
「そんなわけないですよ」
「ですよねー」
ニコニコと笑顔を浮かべながら、受付のハーピーさんは私のファイルを取り出して渡してきた。
チラリと受付カウンターの端を見ると、前来た時にはなかった人形が置いてあるのが見えた。
「あ、この子ですか。この子はこの前ダーリンが私に買ってきてくれたんですよ。かわいくていいでしょ」
ハーピーさんは手元に人形を引き寄せると、後ろから手を持って「ヨロシクネ」と人形の手を振って私に挨拶してきた。かわいい。
人形を持つハーピーさんの左手には指輪がキラリと光っている。男のことは良く思っていないけど、私もいつかはああなりたいとは思う。
「それじゃエレザさんは、いつもの部屋にお願いしますね」
「わかりました」
ひとしきり会話を終えると、私はいつも婚活の面談をしている部屋に行くことにした。
「エレザさんの方で何か進展があった……わけはないですね」
「はい」
私のことを担当してくれているアヌビスさんは、私があまり乗り気じゃないことをきちんと理解している。だから個人情報が書かれたファイルに少し目を通すと、すぐに自分の持ってきたファイルに視線を移した。
「それでは、今回もこちらから無作為に選ばせてもらったので、試しに会ってみてくださいね」
私がここに登録した希望の条件は普通の魔物娘には考えられないであろう条件が多いらしく、目論見通りなかなかマッチングする相手がいない。ただ、何も進展が無いのは故郷の皆に悪いので、こう
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